予知と予測と予言のおはなし
算命学は“東洋の予知学”とも呼ばれています。
自然界の摂理を学び私たちの人生にも活しましょうよ、というものです。
今回は、占いやスピリチュアル系でよく使われる言葉、
予知・予測や予言について少しお伝えします。
なかなかややこしく、結局ナニが違うの?と感じてしまうのではないかと思います。(私は特に感じていました…)
もともとセラピスト出身の私は、算命学以外の占術は何も知りません…
これは恩師が「算命学は別格ですよ。他の占術は必要ありません!」という教えを従順に守っている、というと聞こえがいいですが正直にいえば「調べれば論理的にわかるからまあいいか…」というなんとも呑気な理由です。
ですから手相もできてタロットも西洋占星術もできます!という占い師さんのプロフィールを見ると、たくさん勉強されているんだなぁと素直に感心してしまいます。
すみません、話しを戻しまして…
このようなカタチのない精神世界によく使われる予知、予測そして予言。
算命学ではちゃんと定義がもうけられ記されています。
『予知』は
五感(見る・聞く・さわる・味わう・嗅ぐ)
+
五知(読む・書く・覚える・算じる・まとめる)
+
四時(朝・昼・夕・夜)
『予測』は
五知 + 四時
『予言』は
五感のみ
それぞれの方法で、地上におこる全ての事象を読み解くということなのです。
ひとつずつ簡単にお伝えすると…
『予測』に関しては、五感がありませんので五感にたよらず、現代の学問に含まれる知識や知恵(五知)を活かし過去のデータによる現実的(四時)な予測術です。現象を計るものなのです。なので、ひとの心や感情を含めないようなカタチのあるものを示します。
『予言』は五感だけで、ひとが持っている感性の分野です。そこに五知や四時が入ってくるということは『予言』といえなくなります。
最後に『予知』ですが感覚+知恵+四時となっており、ひとにとって感覚は生活するうえで生存に関係し、さらに四時がとても重要になってきます。
四時は時間観念をあらわしており「現象がいつおこるか」というのがわからないと私たちの日常には役に立たなくなってしまうのです。
いずれもどれが正しい間違えというわけではなく、私たちが何らかの手段で後々を知りたいというのは一緒なのです。
算命学は予知学ともお話ししましたが、そもそも最初からひとの運命などを知ることを目的としたものではありませんでした。
古代東洋人にとって生活するためには日々の天候や季節の変化は作物にも影響があるため、知る必要があったのです。わからないと死活問題となりますね。
未来を予知するようなことは、文明がもっと発達してからのことだそうです。
そして、これらを陰陽学の学者たちがわかりやすく大衆に広めるために宗教家や占師たちが役を担ったといわけだそうです。
だから本来は、神がかった特別に選ばれたようなひとが伝えるものではなく、人びとの生活が困窮しないために東洋人の知恵を普及させることが必須だったのでしょう。
したがって、大自然におけるルールを私たちヒトと自然がうまく一体となることが大切なのです。
私たちは自然界の一員(住人)として、自然に対して謙虚になる姿勢が重要になるのではと思うのです。
人間の力は微力で自然を敵にまわしては生き残ることはできないそうです…
そういえば、現代におきている異常気象による災害だってウィルスだって色々と気づかされますね。シェルターをつくって避難することが問題解決なのでしょうかね…
はたしてあなたの宿命(本質)が自然と一致して稼働しているかどうか。
仕事だったりプライベートが「上手くいってないなあ」と感じるなら、恐らく大自然に逆らい矛盾があるのでしょう…
いっしょに考えましょう。
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智泉堂/清徳泉里
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