残響2
(あーやっぱり目腫れてるわ。)
一応メイクもしてみたけど、残念ながら全然隠し切れない。ぽってりとした瞼でアイラインは埋もれてしまった。仕方なく掛けた眼鏡が余計怪しさを増幅する。
「アレルギーみたいで〜」
と笑う顔もさぞ空々しかったに違いないけれど、小さな鍼灸院の同僚たちは見て見ぬ振りをしてくれたし、何より往診の担当だったのが救いだった。
一日の半分は一人でいられる。
幸い、往診先の患者さんたちは私の変化に気付く事はなく、
「ありゃあ、あんたぁ眼鏡とは珍しいねぇ」
と言われるくらいで一日を乗り切る事が出来たのでホッとした。
鍼灸師としては新米でも社会人は十年以上やってきたのだ。どんなにショックな出来事であれ、いつも通り仕事が出来ない言い訳にはならない。
それに私には、
真摯に仕事をするくらいしか取り柄が無いのに。
「大丈夫すか。」
往診から戻り、バックヤードでゴミをまとめていると、他の人に聞こえないように背中側から声が掛かった。やっぱり見逃してはくれないか…。コウ先生だ。
「大丈夫では、ないかなぁ。」
顔は上げられなかった。背中を向けたまま作った笑顔は、ヘドロのように顔に貼り付いて戻らなくなった。
ゴミ袋にガムテープを貼る手は動かしたまま、
なるべく軽く、口に出したつもりだったのに、
「ちょ、後で連絡するわ。」
というコウ先生の返答には緊張感がこもっていた。
全く、察しが良くて嫌になる。
そう思った私の顔は、自分でも意識しないうちに緩んでいた。
昨夜からずっと体がこわばっていた事に気づく。
入社以降、いつでも困っている時には
いつの間にかコウ先生が隣に居た。
7つも年下の先生と私は、初めて会った瞬間から
少し不思議な関係性なのだった。
面接に初めてこの鍼灸院に来た時の事をよく覚えている。
面接を終えて振り返るとスタッフが全員で見送ってくれていた。狭い廊下の向こう、何人も並んだその中で、私の目は彼に吸い寄せられたまま釘付けになった。
語彙が無くて申し訳ないが、率直に言えば
「なんかヤバイ人いる…」
と思ったのだ。経験上、なのか自分の特技と言って良いのか、自分が興味を持つ人間は会った瞬間分かる。
典型的それだった。
そして多くの場合、私が惹かれる人間は男女問わず
その身に『夜』を内包していた。
だから、ヤバい、のだ。
夜を抱える同士の引力は強い。
お互いそれを認識しないという可能性は皆無だ。
どういう関係性であれ、深く交わる事になる事は目に見えていた。
この時のことを後に彼は『共振』と呼んだ。
これが3秒ほどの会釈の間に起きた事。
働き始めると案の定というか、私たちはお互いが何を考えどう動くかが良く分かった。
狭い仕事場で何が求められ、どうお互いをフォローして、そこに居る人たちのバランスを取るのか。
非言語の会話が成り立つ関係、というのか。
だからそもそも何を隠せるはずもなかった。
その事に内心少しホッとした自分がいた。
つづく