つぼけんの話

◯つぼけんの話◯
夢の中のつぼけんは
青春群像劇の主役の1人に選ばれたこと、
監督の意向で主役が順繰りに飲食店のバイトに立つこと
自分の写真が求人誌に載ったことを
恥ずかしそうに語っていた。

私は嬉しくてウンウンと話を聴くだけだけれど、
つぼけんは相変わらず菅田将暉に似た
小さな顔をほころばせてがんばるよと言っていた。

夢の中に繰り返し出てくる人ってなんなんだろう。
私はつぼけんに大きな恩義がある。

高校3年生まで私は日陰ものだった。
学校というところは不思議と日陰と日向があるものだ。

日陰ものが不幸なわけではまったく無いが、
その頃の私は日向に憧れていたのかも知れない。
そして私を日向に連れ出してくれたのがつぼけんだった。

高3の春の終わり、
私は何かにむしゃくしゃして髪をバッサリと切った。
ベリーショート 。
のっぺりとしたグレー一色の制服に、ベリーショート 。
日陰ものが突然そんな行動に出たら、
当然教室もざわつく。
今考えると、それは滑る可能性も大アリの
大胆な選択だったわけだけれど、
周囲の視線に曖昧な笑いを浮かべながら席に着くと、
今まで大して話した事の無かった前の席のつぼけんが
クルッと振り返って言った。

「いいじゃんそれ。小さい猿みたいだからさ、
ちさるって呼んでいい?」

その日から私はちさるになって、日向に出た。
つぼけんはハンドボール部で、ウチの高校のハンド部は
結構強くて、ハンド部の子達は当然日向ものだった。
その日からつぼけんとは何だかんだ良く話したし、
その時間がとても楽しくて席が離れるのが
惜しいくらいだったけれど、同時期、
つぼけんのお父さんが政治的な問題に巻き込まれたという噂が立って、つぼけんは徐々に孤立していった。
そのあとの細かい記憶は無い。

携帯も無い時代、つぼけんと連絡を取る術もないまま
受験へと突入し、皆バラバラになった。

私はある日突然つぼけんが「いる?」とくれた
コーデュロイをシャツを、大人になるまで
傍に置いていた。

本当はちゃんとお礼が言いたかった。
そしてつぼけんがあの時つらかったなら、
もう少し隣で喋りたかった。

どこか儚く、人を寄せない雰囲気のつぼけんが、
今どこかで夢の中のように笑っていますように。
生きるほど、祈るしかないことは増える。

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