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橋本治『江戸にフランス革命を!』読了

「表現は表現のままで、何も話してはくれない。それはちょうど、少年が表情ばかりで何も語らないのと同じ。井上安治の風景画が、なにかを語りかけてはいても、でもその自分がなにを語っているのかをまったく理解していないのとおんなじだ。
語る必要を理解しないものは語らない。言葉にする必要がないと思っていられるものは、語るべきことを言葉にしない。言葉にする必要なんかなく、ただ立っていられるものが“勢”というものだ。これを“いきおい”と読むか“マラ”と読むのか。まことに、“その立つところ各異なりといへども、“痿るところは皆一なり”である。」

「どうしてみんな気がつかないんだろう、この世には“個人”というものを認める、“個人”というものが肉体を持って生活を持って関係を持って現実の中にいるかなりシチメンドクサイものだという思想がまだ存在しないのだということを。一方的に語ったつもりになっている“表情”なんていう曖昧なものを拾い上げる“主君”なんていうものがもういないのだということを!

バカぢやねへの!!」

橋本治『江戸にフランス革命を!』

「井上安治の早すぎた死は、多分、彼の所属していた浮世絵という世界が、シチメンドクサイ現実社会と、既に分断されていたその結果であろうと私は思う。
『浮世絵 わが心のともしび─安治と国芳』というテレビドラマの台本を書き、出来上がったその番組を見て、私は『やっぱり言葉が足りなかったかな』と思う。私は、少年をテーマにした作品を書くと、困ったことに、いつも極端に言葉を減らしてしまうのだ。『少年というものは、自分を説明する言葉を持っていないものである』と私が思っているからだし、『少年が気づくべきことはそれしかない』と、私が確信しているからだ。
少年は表情ばかりが濃厚で、自分自身を語るべき言葉をまったく持ち合わせていない。井上安治の描いた(“錦絵”ではない)“風景画”は、そういう意味で、まったく“少年”のものである。
そして、近代という時代は“表情の語る意味”ばかりを表現したがるくせに、その意味を考えようとしない。その“意味”の持つ意味を言語化しようとはしない。
安治の絵は、あまりにも雄弁に“語られないなにか”を語っているのだけれど、やっぱりその“なにか”は、しつこいばかりの言語化を必要としているのかもしれないなと、私は思ってしまったのだった。
私はこの番組で“成長を奪われてしまった少年の物語”を描きたかったのだけれど、どうやらそれには、あまりにも言葉が足りなすぎたようだ。普通の人はあんまり“絵が語ること”に気づいてはくれない─“人間の表情が語ること”に気づいてくれないのと同じように。市民と大衆に分断され、大衆の方を消滅させて行ってしまう近代は、人間自身も“言語”と“表情”に分断してしまって、その“表情”の方を捨てて行ってしまったのかもしれない。機能的なだけで、さして有効でもない“言語”などというものばかりの無効性を嘆いているくせにさ……。」

橋本治『江戸にフランス革命を!』

橋本治『江戸にフランス革命を!』中公文庫版、上中下巻を読み終わった。
下巻を読みながら『ひらがな日本美術史6』を読み返していた。偶然ではあるけれど、この2冊はいずれも「江戸時代の終わり、明治の始め」を書いているという点で近接しているのでおもしろかった。
私は『ひらがな日本美術史』全7巻という長大なシリーズで最も重要な章は6巻の最終章だと思っている。それをなんとかまとめるつもり。時代を順に追ってくる中で、江戸時代が終わったところに置かれる「弥生的ではないもの」という章。取り上げられるのは縄文土器。その“異質”の意味について。

橋本治はドラマの脚本の仕事も手掛けている。今でも比較的読みやすいのは『桃尻娘プロポーズ大作戦』収録のものだが、浮世絵をテーマにしたドラマを作ったと『江戸フラ』下巻に書いてあってすごく読みたい。どこで読めるんだろう。
橋本治の書く話し言葉は書き言葉とまた違う魅力があって私は大好きだ。リズムがあって、身体が乗る感じがする。口に出して読みたくなる。

「なんであたしが武者絵を始めたか?答えは簡単。売れなかったの。売れ・な・かったの!あたしが歌川派のお師匠さんのとこに弟子入りしたのが15の年だ。おい、坊主、ちょっとこっち来い!お前が清親ンとこに弟子入りしたのが15だろ、そんでなに、17でひとりだちした?嘘だろ。おい、俺なんか17の時はよォ、下っ端もいいとこだぜェ。前頭だよ、前頭。横綱、大関ズラーッといてな、そこで前頭27枚目。考えてみてくれよ、下っ端もいいとこ。清親ンとこにゃ何人弟子がいたんだ?1人ィ?お前が一番弟子?カンベンしてくれよォ、いいなァ、じゃ売れる訳だ。俺の時代じゃなァ、同門の弟子ってなァゴマンといてな、そいつがもう、似たような絵をワンサと描きやがる。みんなと同じもんを描いていたんじゃだめなんだ。違うもんを描かなきゃな。」

橋本治『江戸にフランス革命を!』

読書計画としては、今日から予定通り『完本チャンバラ時代劇講座』に入る。文庫が発売したばかりだけれど、私が読むのは徳間書店版の単行本。


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