
5万人コロニー構想
恥の多い人生を送って来ました。
治さんほどではないけれど。
働き盛りの40歳代で、精神状態に異常をきたし。
家内の実家である山寺に居を移す。
「得度習礼」「教師教習」という僧侶になるための修行に取り組み
一念発起、僧侶としての再出発を期した矢先であった。

6万人にひとりといわれる「NF2」という遺伝子由来の難病が発覚。
徐々に、神経系統の機能を侵され、最悪死に至るという恐怖におびえる10年間でした。
幸いにも、最悪の状態は免れたものの、3度にわたる脳の手術の結果。両耳の完全失聴と、強度の平衡障害。

失われた20年を気取ってみても仕方がないが。
いわゆる、働き盛りの20年間を、得体のしれない不安感と、だんだんということを聞かなくなる身体と脳に振り回されてしまったという残念感はぬぐえない。
様々なご縁と、多くの方のお導きに逢うて。
私の家族や親戚が集まって、2つの会社を立ち上げた。
障碍者支援事業所 N と菓子製造業 S。
私は、十分な活動もできないし、いち障碍者としてお世話になっているだけの存在であるように感じられて、悔しくもむなしく悲しい日々を送っていた。
そんな私に20年目に訪れた転機。それを与えてくれた、二つの言葉。
人生において、「成功」は約束されていない。
しかし、人生において、「成長」は約束されている。
LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界
この状況で、私に何ができるのか。
地方の中堅都市から、限界集落も見据えた田舎の町へ引っ越して、このままでは、日本の田舎が消滅するという危機感を目の当たりにした。
私が生きてきた、昭和・平成と令和。
西暦2000年をはさんで20世紀と21世紀。
高齢者と位置付けられる年齢にもなって、今後ますます不自由なことは増えていくだろう。
これから先100年を見据えて
こうなってほしい世の中というものをできるだけ具体的に提示する。
何ができるのかもわからないけれど。少子高齢化・地球温暖化・巨大地震等々、少し先の将来にも不安を抱えた現代。5万人コロニー構想というものを立ち上げて。実現に向けて邁進したい。
70の手習いと言われようが、あたしゃ、とりあえず100才までは生きるよ。むかし一旦諦めた、大学院に挑戦中。都市工学や環境心理学を学び。自治体や国にもパイプを作り。近未来 田舎のモデルケースとして・・・。
これが私の、今の生きる張り合い。