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母の体の痛み

心残りというか、母に対し申し訳ない想いがある。

11歳の夏
家族で出かけようとした矢先、信号無視の車に私達の車は巻き込まれた。

家族の中で私だけ頭蓋骨損傷し、数ミリズレていたら左目は失明していたらしい。

いつも私達子供は後部座席。
しかし何故かその日だけは母と私が後部座席に乗っていた。

後部座席への損傷は酷く、私は頭の手術の為一ヶ月入院した。


子供の患者は当時居なく、皆に可愛がってもらい様々な点滴、酸素タンク療法、注射、手術、髄液検査等に耐えられたのは、時々買ってもらえるいちごミルクや退院後に何か買ってあげる!という言葉だった。私は何かそんな所がある。

母自身も体を打ち、頰は腫れ、歯の痛みがあったがそこはやはり母強し。

毎日付きっきりで私の看病をしてくれ、腫れた頰は私の方が心配だった。

手術で一部髪を剃るしかなかったが
その後私は全く後遺症無く、頭の傷は髪の毛で隠れ見えない。
全く支障なく生活出来ているが、母は当時ゆっくり治療出来なかったせいか、いまだに身体がしびれたり、痛んだりする。
事故の後遺症の辛さはきっと、本人や経験した方にしか分からないのだろう。。様々な病院に行き蔑ろにされたと聞く度、何だか悲しくなる。

それを聞く度、私の看病でゆっくり休めなかった事が不憫でならない。

家族にとってあの数ヶ月は試練だった。

叔母は当時私の頭の傷を見て泣いていたが、私は割となんちゃなくもう仕方ないじゃん?という感じだった。

そこから性格は少し明るくなり、学校に戻り暫くヘアバンドと額に包帯をし、痛々しかった(笑)

マイナスな経験は自分を強くし、いつか誰かを助けたり、優しくする事が出来ると信じている。


母の身体が少しでも良くなることを願う。

寒くなると余計に身体は痛むよね。

自分がもっと当時の家政婦さんや祖母にお世話になれば良かった。

車は人の人生を狂わせてしまう。
だから私は遊び半分の煽り運転が大嫌いだ。

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