無拍子(33)
【最終回 緑山猫】
あの角に差し掛かると、決まって酒屋のごみ箱の中からマウンテンデューの空き缶を探してしまう。ゴミ箱の中の何種類かの空き缶をかきわけて、缶詰の缶は論外だしビールの缶には目もくれず。
何度かそこで見つけたマウンテンデューの空き缶も、
僕が自分のお小遣いを工面して自動販売機でマウンテンデューを買って、一息で飲み切ったあとの空き缶も、
さっぱりだった。
そうしているうちにマウンテンデューはその自動販売機から姿を消していてね。
今では酒屋さんにもそれは売っていない。
最近の僕は、あのとびっきりの笑顔ができるようになった。
もちろん心の底からのやつだ。
そのおかげか、親との折り合いがすごくいい。
それもこれも僕にとびっきりの笑顔を教えてくれた彼女のおかげだろう。
僕はあのトマトのコロコロ笑っている姿をときどき思い出す。
今度あそこへ行けたなら、僕はトマトが逃がしてしまった[緑山猫]を必ず見つけてやるんだって心に誓っている。
あの日、ウルィティング星雲の2番星の演技に騙されて僕はスニーカーからマウンテンデューの空き缶を外してしまった。
すると、タバコ屋さんの角が急に現れて後ろを振り向くとそこには酒屋さんがあった。
赤い荒野は、すっかり姿を消していた。
ここには、コロコロ笑っている少女も、はだしの花ペンギンの姿も、黒い影を纏った教授も、イルカの雛も、マグロの頭を持った伯爵もいない。
騒がしい[カンサイジン]に言われた名前も、もう今は思い出せないから何だったのかを調べることができなかった。
脳みそに書かれていた名前の文字は全部姿を消している。
空を見上げても月に[MOON]なんて書いてないし、太陽だってギラギラしていてもヘラヘラすることはなかった。
あそこはどこにあったのだろう。
あそこはどこだったのだろう。
あぁ、でもね、東の空に2番星はちゃんとそこにいて僕の方をチラチラ見ては笑っている。そんな時僕はきまってあの星に向かって、とびっきりの笑顔を見せてやるようにしている。そうするとそのたびに彼は、ちょっとだけ嫌そうな顔をするんだ。
僕のポケットにはいつもラディッシュが入っている。
心の準備はいつだって良い。
完
2020.5.3(再編集)
英(はな)