無拍子(20)
【20 羊の群れと夜蜘蛛がとうとうやってきた】
イースカーの出来事について、そしてこの世界の異常さについて、僕はセバ教授に対して抗議していた。
黒い影のセバ教授の責任はひとつだってないのだけど、僕はそういわざるをしかなかったんだ。
セバ教授は僕の抗議に何一つ文句も言わず、おぼろ豆腐の顔をクルリクルリと回しながら聞いている。
大人しく聞いていたハチたちも目に一杯涙をためてウンウンと賛同している。
イルカの雛のピギーと花ペンギンのイースカーは二人で何かを言っていたが僕の耳には届かなかった。
雷の大きな木は、それまで黙って聞いていたんだけど、とうとう口をはさんだ
「なぁ、そんな風にセバを責めてもしようがないじゃないかい?」
おさまらない僕の怒りが、それを呼んだのか
僕のいわれのない抗議が、それを読んだのか
みんなの悲しみが、それを詠んだのか
突然にそれはやって来た。そう、本当突然に。
どこからか黒い蜘蛛がどんどんわいて、どんどん集まって、どんどん増えていったのだ。
見る見る間に空一面が黒い蜘蛛に覆われる。
蜘蛛たちは口々に
「久しぶりだけどね」「最近集まっていなかったね」「見慣れない顔もいるね」「最近調子はどうかね」なんて世間話を始める。
今まで空にいた☆印の星たちも、[MOON]と書かれた月さえも、ニヤニヤ笑っていてへらへらした太陽なんかまでもが全て黒い蜘蛛たちによって覆いつくされてしまった。
大勢いた蜂たちの一人が、あくびを噛み殺しながら
「セバ教授、すみませんがこれではあなた方を運ぶことはできません*またいつかあの液体を私たちに飲ませてください*御用があればいつでも飛んでまいります*そしてイースカー、頑張ってくださいね*きっと良いことだってあるからね*今度は本当の君の姿で出会えることを、どこかの空の下で祈っています*ピギーさんも早く御父上に会えますよう空の上で祈っています*」まるで今生の別れをするかのように彼らは言った。
ただし、その眼は今にも閉じそうだったんだけど
「皆さんもご無事で、そしていつか必ずまた会いましょう」ピギーは涙とあくびをこらえながら彼らの背中に声をかけている
イースカーは花提灯を堪えながらウンウンうなづいている
蜂たちは挨拶もそこそこに[ふぁそらしど]の街に向かってふらふらと走って行った。
そして次に見た時には蜂たちはバタリバタリと倒れていく、驚いた僕はイースカーたちに向き直ると
イースカーもピギーも深い眠りの中に落ちていた。
後で雷で出来た大きな木から聞いたな話では、この世界に夜がやってくると、すべての生き物が眠ってしまうのだという事だった。
そして一度その眠りに落ちてしまうと生き物の半分はそのまま目を覚ますことがないのだそうだ
つまり、生き物の半分は夜がやってくると死んでしまうのだった。
そういうこともあり、蜂たちの別れは物々しいセレモニーのようになったのだ
蜂たちが僕に声をかけなかったのも、この世界の純然たる生き物ではなかったので、声をかける必要がなかったのであろう、なぜなら僕はひとつも眠くはなったいないんだもの。
雷で出来た大きな木は、ドンドン迫りくる暗闇の前でその堂々たる存在を煌びやかせている。
「なあセバよ、旅人たちよ。この様子ではこの大地に大勢の羊たちがやってきてしまう。今度の夜は私のこの幹のそばにあるホラの穴で休むがいいよ。今度いつ朝がやってくるかはわからないが、必ず元気にまた会おう」
セバ教授はおぼろ豆腐の顔をグリグリ早く回すと、
「ウ、そうだな、君の言う通りこのままそこらにいても、羊の餌食になるだけだろう。ウ、この夜はここで休ませていただこう。ウ、そして君だが君は当然のように縫向くはないのだろう。ウ、羊たちが来たとしても決し大きな声をあげてはいけないよ。ウ、夜の羊たちは夜の帝王なのだからね。ウ、…」そこまで言うと続く言葉が出ずに、セバ教授は深い眠りについてしまった。
セバ教授の体は影で出来ているので、夜の闇が深くなっていくとおぼろ豆腐の白い顔の部分がポロリと雷の木のそばに落ちているように見える。
イースカーはいびきを、ピギーは寝息を立てている。
急いで僕は彼らをホラの穴に引きずって行く
セバ教授は触れてみるとおぼろ豆腐の部分しかなく重みがまるでなかった。
みんなをホラの穴に集めた後、僕も少し横になった。
それでも眠気が来ることはなかったので、雷の木のといろいろ話をしたんだ。
雷で出来た大きな木は体が大きい分、夜の効き目が薄いらしい彼の話では1日2日は眠らなくても大丈夫なのだと教えてくれた。
僕は雷で出来た大きな木とこの世界の夜の話や花ペンギンの話や影人間人の話を2日の間中話した。
もちろん[緑山猫]と[トマト]の話もだ。
そうしてとうとう2日目が終わろうとした頃、雷で出来た大きな木も眠りについていった。