<創作>レモンソーダ ~就活の一コマ~
グラスの中の氷をストローでガシガシ突っつくと、レモンソーダの小さな泡がシュワシュワと水面に向かって上がっていった。想像以上の酸っぱさに、私はひと口飲んだだけで、既にこのドリンクを持て余していた。麻子はいつものアイスカフェオレ、紗季は1人だけドリンクと一緒にケーキを注文した。
大学最寄りの駅から10分ほど歩いた場所にあるカフェ。秋学期が始まったばかりで、この街にまだ学生が戻ってきていないせいか、いつもは並ぶこの店に今日はすんなり入れてラッキーだ。
3人で会うのは3か月ぶりだった。4年生になると授業は少なくなる上、最近はリモートでの授業も多い。さらに、私たちは「就職活動」という厄介な課題を抱えている。麻子と紗季の状況を聞きたい気持ちもあるけど、もしかしたら良い話が聞けないかもしれず、この話題を切り出すべきか、それともやっぱり避けた方がいいのか、頭の中でぐるぐると思案していた。他の2人も同じような気持ちなのか、せっかく久しぶりに会ったというのに、会話が盛り上がらない。
「そんでみんな、どんな感じなん?」思い切って私は訊いてみた。なるべく自然な感じで。
「え?」と言って、紗季はスポンジとモンブランクリームをフォークで大きく切り取って、豪快に口へと運んだ。「もしかして就活のこと?」
(何を暢気なこと言ってるんだろう)と私は思いながら、「そうだよ、就活のこと。それ以外に何があるん?」と言った。
「そう言う愛美は?」なんとなく棘のある声で麻子が問い返した。
このタイミングで私が質問されるとは思っていなかったので、一瞬私はまごついたけど、正直に話すことにした。
「私は内定をもらった。でも、他にいい会社があるんじゃないかと思って、まだいろいろ受けてる。」
2人は、そっか、と言って、お互いに顔を見合わせていた。気まずい空気が流れた。
最初に口を開いたのは紗季だった。
「いつも2次面接で落ちるんだよね。最近はイイなって思う企業も減ってきたしさ。疲れたから、ちょっと休もうかなって思ってる。」
疲れた、と言う割に、彼女の声は明るかった。その言葉を聞いて、麻子がふうぅと息をついた。
「そうだよね。面接で落ちると、ホントにやる気なくすよね。私は、1社最終で落ちてから、モチベーション、ゼロ。その面接が圧迫に近くてトラウマ。就職するのやめようかな。」
紗季と麻子は意気投合して、大変だよね、辛いよね、とお互いに慰め合っている。
「でもさ、」私は記憶をたどって、麻子に質問した。「麻子が最終に落ちたのって、6月のことでしょ?」
2人のお喋りが止まった。
「6月から何もやってないの?ダメだよ、それじゃ。」
私が心配していたのは、2人の就活が上手くいっていないのではないか、と予想していたからだった。もし困っているのだったら、親友として相談に乗ろうと思って、今日2人を誘ったのだ。
「紗季も頑張ろうよ。今、休んじゃだめだよ。私も協力するから。」
私は必死に2人に語り掛けた。
「はぁい、始まったぁ。相手の気持ちを考えない愛美の発言。」
茶化したように紗季が言った。麻子も、ははは、と笑った。私は、紗季の言葉の意味が分からず、えっ?と問い返した。
「あのね、前から思ってたんだけど、愛美のそういう発言、相手を傷つけているって、知ってる?」紗季はクリっとした目を鋭く光らせて私に言った。
私は話の展開についていけず、唖然としていた。
「愛美はさ、頭も良くて、しっかりしていて、なんでもこなせちゃうから、いいよね。でも私は違うの。愛美は私のことなんか全然分かってないのに、いつも、ああしろ、こうしろ、って言ってくるよね。はっきり言って、嫌なんだよね。」
「私も。」と麻子が口を開いた。「今日、紗季と会うのは構わなかったんだけど、愛美もいるかと思うと、絶対に就活の話になるだろうなあ、嫌だなあ、って気が重かったんだよね。」
2人が私のことをそんな風に思っていたなんて、知る余地もなかった。私は2人の役に立ちたい一心で、親友だったら、言いにくいことも言うべきだと思っていた。それを嫌だ、と言われて、私にとっては衝撃だった。私は、黙ったまま目の前のレモンソーダを見つめていた。
私がそれほど大きなショックを受けると思っていなかったのか、紗季は穏やかな声で慰めるように言った。
「愛美もまだ就職先が決まったわけじゃないんでしょ。まずは自分のことを優先してやったら?私たちは、2人でなんとかするからさ。」
私は紗季の言葉にかすかな救いを見つけて、あやふやな笑顔を作った。
紗季が腕時計を見て、あっ、とわざとらしく驚き、「私、これからバイトがあるから、行くね。」と言うと、麻子も「あ、私も。遅れちゃう。」と言って、2人は椅子から立ち上がり、自分のトレイを持って去っていった。
私は1人で席に残されたまま、すっかり氷が解けたレモンソーダをひと口飲んだ。ほろ苦かった。