ハルのこと〈藤春廣輝〉
藤春がガンバを退団した。
去年きてもおかしくなかったその報せ。
とうとう来たか…という落ち着きさえあったのに、じんわりと心がかき乱されていく。
2010年から遠藤保仁を追って始まった私のサッカー熱は、自然と彼の所属するガンバ大阪を追うことになる。
2011年に藤春廣輝という大卒選手が入団した。私の一コ下の学年だった。同世代だ。
ハルがいた13年間、私がガンバを観てきた年数とも言える。
正直激動だったと思う。監督は何人変わったのだろう。あらゆる監督に必要とされるよう幾度となく自分のスタイルを変えていかねばならなかっただろう。
私が観始めたころ、西野監督は超攻撃サッカーを貫いていてそれが最高に楽しく、そしてガンバはいつも上位にいた。私が好きになったチームはこういうチームなのだと思った。
長らくの西野体制は上位にいるだけではもう経営陣からは満足されず、新しい監督を迎えた。なんて厳しいのだろう、このスポーツはと思った。
まさかの悪夢のような日々が待っていた。点を決める持ち味はそのままなのに、どうしても勝ちきれない。私が観ていた強いガンバは幻だったのだろうか。
勝たなきゃ落ちる。最終局面の試合は何回放っても相手のゴールネットを貫かないシュートの数々を涙で滲みながらTV前でみつめ、聞きたくなかったホイッスルは鳴る。降格した。どれだけ泣いても寝込んでも現実は変わってくれなかった。
ハルはこのときからスピードを生かして頭角を現していたし、年齢も若くどこのチームに引き抜かれてもおかしくなった。キャリアでいったらJ1に残った方が自分のためになっただろう。
それなのにJ2で一緒に戦うことを選択してくれた。
想像以上のJ2の連戦は身体面も精神面も相当しんどかったであろう。それでも意地を見せてJ2優勝。
1年で復帰できた。全戦フル出場を果たし、毎度ピッチを駆け抜けるハルは本当に頼もしく、私は特別彼を好きになった。
翌年2014年はサポーターは忘れられない年になった。三冠達成。あの悪夢をひっくり返すような最高の年となった。
ハルはこの頃、ポジション争いも経験していた。
守備を重視するようになった結果なのだが、持ち前の攻撃力を控えなければ使われなかった。それでも彼は努力を続けた。試合に出れば相変わらずずっと走っていた。
30歳頃から怪我が増えた。体力自慢だった彼は長期離脱や試合で観れないことも増えた。
去年頃から徐々に、怪我をして出ないわけではなくなった。ずっと考えたくなかったけれど、若手の台頭だ。
いつの間にか、ハルのポジションを別の選手が担うようになっていた。
嫌な予感はこの頃から感じていた。
私はハルが前線へ駆け上がってく瞬間が好きだった。
そのスピードなら追い付けるだろという仲間からの無茶なパスを、疾風のような速さでボールに追い付く。ラインギリギリで放たれるラストパスはいつだって、こちらをワクワクさせた。
アウェイで見ることが多い私は、後半のこちらに攻めてくるゴール裏でハルがこちらに駆け上がってくる瞬間をいつも待っていた。
駆け上がる藤春からなされるラストパス。そして倉田秋のゴール。同い年の春と秋という季節の名が含まれる二人が織り成す季節は最高に心地の良い風を届けてくれた。
私はサイドバックが好きだ。攻撃とあらば全速力で前線へ駆け出し、いざピンチの時は大急ぎで自陣へ戻りゴールを守る。
こんな苦しいポジション他にない。誰がやりたがるだろうか。でも、だからこそ、この献身的なポジションを愛し、尊敬している。
今年の夏。アウェイ川崎戦。若手の出場停止を受け、急にハルの出番が回ってきた。
その出番を直前まで知らず、酷暑の中での観戦に耐えられるかわからなくて、せっかくの関東圏の試合なのに私はチケットをとらなかった。後悔するとそのときから思っていた。好きなものに対して躊躇してはダメなのだ。
トレンドを見ると、点を決めたわけでもないのに終了後の観客席は久々の藤春の出場を祝うためだけの彼のチャントが鳴り響いていたらしい。
そんな報せを目にしてまったく同じ気持ちで感動したと同時に、あぁもうハルは長くない、と確信した。それはサポーター誰もがわかっていたし、本人こそわかっていたはずだった。
久々の出番をインタビューし、記事にあげた記者がこう記す。ベンチにも入らない日々を長く過ごした彼は、決して腐らずいたようだ。その根源は、諸先輩方。
明神とかが試合に出なくなった中で練習で全力で取り組んでいたから、と。泣かされた。チームは毎年メンバーが変わり移ろいゆくが、受け継ぎ紡いでいかれるものもある。
ポジション争いしてた後輩たちにも嫉妬の目を向けるわけでなく、楽しくサッカーと向き合っていたらしい。
ここ最近のハルの記事は泣かされるものばかりだった。
そしてなにより。あの見た目で練習を全力でやっていると昔からチームメイトから評されている。出れなくなってきたあとも。後輩はそれを見て手を抜けるわけがない。この精神をまた受け継いでくれる選手が出てきてほしい。
負けが込み始め、遠藤も去ったあとガンバのグッズを買わなくなって久しい。
最後に買ったのは、何年も前のシーズンの藤春のユニフォーム。このあと誰のを買う気になれないのだ。それだけ彼が好きだった。
退団発表後、現役続行を決めてくれた。
最終節鳴り止まないハルのチャントを中継で眺め、涙が止まらない。
ガンバのこともチャントのこともサポーターのことも大好きだったと語ってくれたハル。
この最高の記憶が薄れてしまうくらい、また新しいチーム、仲間、サポーターと出会って強烈な記憶でサッカー人生を塗り替えてほしい。
と思うくらい、彼の幸せを祈っている。
ありがとう、じゃ足りないくらい。
でもありがとう、ハル。
どこへ行っても応援してます。