髪結床
ひさかたぶりの魚亭ペン太でございます。
いろいろとありまして、スマホの方とソーシャルディスタンスをとっていたわけですが、
結局のところ「あなたなしでは生きてゆけない」なんていってよりを戻した次第でございます。
いろいろと離れてみるとわかるありがたみというものがありまして、
知りたいことを教えてくれるし、世の中の面白いことをまとめてくれたり、道案内をしてくれたり、本当にいい相棒なのですが、いかんせん甘やかせすぎなわけでして、楽しいことを提供してくれますが、加減をしらない。
そこは上手な付き合い方といいますか、程よい距離感が大切でございます。
理髪店もそうですね、
あまり間が空きますと髪は伸びてしまいますし、かと言って頻繁に通ってもお金が勿体ないなんてことにもなってしまう。
いまじゃ床屋は少し歩けば見つかるようなもので、困ることはありませんでしたが、むかしは店を構えた床屋というものはすくなったそうで……
「おいおい、随分と並んでるね、まだかかりそうかい」
「ええ、なんでもえらく注文の多い客らしくて、私もこうして待たされてるわけで」
「ああ、そうかい、まいったね、急いでいるのに、ところでそちらはお急ぎで?」
「悪いけどこっちも随分と待たされてるからね、譲れないよ」
「そうかいそうかい。なら、すこし待ってる間にでも喧嘩でも……」
「勘弁してくれよ、髪結いを待ちながら喧嘩するなんて聞いたことないな、おとなしく待っててくれよ」
「ちぇっ、驚いて逃げてくれればよかったが、どうにもそうは行かないか」
「もし、旦那」
「なんだい、譲れってんなら譲らないよ」
「いやいや、なんなら私が結いましょうか」
「ん、なんだい、おまえは」
「えぇ、私は流しの床屋でございまして、床屋はどこや?と人が聞き、そこや、ここやと騒いでいるうちにトコトコっと歩いてきて結に来るのが私です」
「なんかえらく妙なこというな、それで、名前は」
「髪切隆之介ともうします」
「どっかで役者やってそうな名前だな、それで、さっき言ってたのは本当かい。急いでるから助かるんだが……おう、なんだい、なに?さっきの喧嘩を買うってか、よせよ、俺のところに床屋が来たんだ、おれが客だよ」
「では、さっそくあちらで」
「ん、じゃあ、お邪魔して、へぇ、随分としっかりしてる」
「流しでございますから」
「まぁ、いいや、早速やってもらおうかな」
「旦那、お急ぎでしたね、そしたら先に頂戴しても」
「ん、そうか、そうだな、仕事が終わってから支払いでまごついちゃいけないな、これでたりるか」
「えぇ、それなりにやらせていただきます」
「おいおい、ちょっとまて、それなりっていうのは」
「旦那の支払いに応じてやらせてもらうわけで」
「じゃあ、これで」
「では、普通にやらせていただきます」
「普通じゃ困るな、男前にしてもらいたいね、これから、これに会いに行くからな」
「なんです、急に小指を立てて」
「おいおい、小指を立てたらわかりそうなもんじゃねぇか、女だよ女。かっこよくびしっとめかしこんで会いに行くんだ。だから、しっかり頼むよ」
「では」
「あぁ、わかったよ、これでいいかい」
「でさ、上々に」
「うん、頼むよ」
「ときに旦那、その女性っていうのは、えらく器量がいいんでしょうね」
「なんだ、わかるか」
「えぇ、旦那の弱みを掴んだんでしょうから」
「人聞きの悪いことをいうない。それなら心を掴まれたって方が粋だろう」
「旦那、顔に似合わず詩人ですね」
「どういう意味だい」
「旦那の顔はそれなりで」
「言ってくれる。床屋、男は中身だ。だか、こうして身だしなみは整えて会いに行くのもまた大事だからな、うまく行けば贔屓にするさ」
「こりゃどうもありがとうございます。どうにも私は口が下手でして、冗談も誠に取られてしまいまして、旦那ほど話のわかってくださる人はいません。贔屓にしてもらえたら願ったり叶ったりで」
「それで、どうだい、終わりそうかい」
「えぇ、こうして待たせている間に話でもするのが床屋の腕の見せどころですから、はい、こんな具合でよろしいかと」
「うん、ありがたい。では、いってくる」
「へぇ、行ってらっしゃいまし……いや、しかしあれで結ってくれんだから、無理があるよなぁ、大丈夫だといいけど、あぁいうのは贔屓にしたくないなぁ……」
そうして会いに行ったのが吉原の女ですから、上手く行ったの行かないのってのは、向こうが決めるわけで、どうにもこの日は上客がいたものですから、それなりの扱い。
そうなると男の矛先はどこに向かうかといえば、その日の床屋。
「おい、床屋、どこにいる」
「へぇ、床屋はここでございます」
「いや、おまえは床屋じゃない」
「いえ、手前は床屋でございまして」
「えぇい、お前ではないと言っているのだ」
「でも、床屋をお探しで」
「えぇい、紛らわしい、髪切隆之介という男を見なかったか、あの男、床屋と名乗らせちゃいけない、とっちめてやる」
「それなら今日はあっちの方で見たな」
「おぉ、そうか、床屋、贔屓にするぞ。おう、そこの床屋、髪切隆之介」
「へぇ、どうも旦那、この前ありがとうございます」
「なにがありがとうございます、だ。あのあと俺は相手にもされなかった」
「えぇ、旦那。この前、私のお得意様に聞きましたが、旦那は随分と有名なようで、遊女の皆さん言ってましたよ、みねばりにはつげ櫛がつきものだって」
美味しいご飯を食べます。