短編『何も気にならなくなる薬』その283
人は疑り深いものだ。
というのも、自分の思い通りに世の中が動かないことをよくよく知っているからだ。
それを知らない人達は癇癪を起こし続ける。
赤ん坊が泣くのはそれ以外の表現がないからだ。
母親はそのタイミング、顔つき、時間帯によって赤ん坊の機嫌をとる。
だというのに私達は表現を諦め、伝えることを諦めてしまう。
結果、自分一人で物事を進める。
聞く耳を持たない。
そんなことでこれから百億人を迎えるかもしれない世界人口の中でやっていけるのだろうか。
まぁ、実際にはそのうちの一億も出会うこともないのだろうが……
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ワンマンショー
ほんの一部
お手玉
「これからご覧にいただくワンマンショーは、お手玉です」
犬の着ぐるみを着た人がお手玉を持って舞台に上がる。
両手に一個ずつ、それを交互に。
それ自体は何ら難しいことではない。
普通は最低でも三つはなければ拍手はない。
しかし既に多くの拍手、歓声が鳴り響いている。
それもそのはずで演者はまだ小学生にも入っていない子どもだ。
保護者、そして保育士達の黄色い声援によって彼の頬は高揚する。
すると彼がお手玉を一つ落とした。
二つのうちのたった一つ。
それでも彼はこの世の終わりを知ったかのように泣き叫ぶ。周囲の大人が拾い上げたお手玉は彼の手に戻っても再び地面に叩きつけられる。
幼い彼の心は芸術家そのものだ。
一度落ちたお手玉には、もはやその価値はない。
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