心灯杯「ちゃきちゃき」

【募集要項】
『過去』『見返り』『増えるツンデレ』
という3つのお題を使って、ひとつの作品を作り上げてください。


昔々あるところに、なんて言い回しももう古いかもしれません。あの頃は良かった。なんていうのも古めかしい。あの頃ばかりに浸って今を生きていない。そんな人ばかり。

それとは逆説的に、過去を捨てるように物を捨てたり売ったりする人も近ごろは増えていて。そうかと思えばお金欲しさに物を買い占める転売屋なんてのが幅を利かせているものでして、本当にほしいものが手に入らない。今では生きづらい世の中になってしまいました。

しかしながら昔からも「せどり」という商売がありまして、今も昔も変わらない。あの頃はよかったなんて何も知らないだけなのです。

「それで、どうするんだい」

「これは本当にあの有名な」

「今更疑うのかい」

「いえ、あまりにも手頃なもので」

「手頃なんてのは失礼な言い回しだね」

「そんな目を細めて睨まなくても」

「はっきりしない男は嫌いでね」

「では、いただきます」

「そうじゃなくちゃいけないよ。男ってのは」

「はぁ」

「もっとはっきり喋らんかい」

「はいっ」

そうしてやっぱり買うべきではなかったとトボトボと帰ってくると、事の経緯を詰められて女房に怒られる。

「断ることもできたんでしょう」

「まぉ、そうなんだけど、一期一会だなんて言われちゃ」

「うまいことやられたってわけ」

「はい」

「可愛そうな話だよ。はっきり物を言わないからそうなるのさ。自分で決めなかったことは大概後悔するものだよ」

「たしかにそうかもしれない」

「私達のこともそうだと思わない」

「それは」

「馬鹿だね、そこはうそでもそうでもないって言うところだよ」

「そうでもない」

「遅いんだよ」

「すみません」

「そんなんだから私が手内職しても暮らしが楽にならないんだよ」

「すみません」

「謝るのだけは早いね」

「はい」

「それで何だけどね」

「まさか……三行半」

「なに馬鹿言ってんの、三行半じゃないよ。私はあんたに文句を言うけれど、別に嫌で言ってるんじゃないよ。良くなってほしいのさ。悔しいと思うなら、その有名な茶器とやらを他の誰かに高く売りつけてきなよ」

「はい」

そうして茶器を売りに方方へ働きかけるわけですが。買わされた側がうまく売ることもできないのは道理なわけで。

「へぇ、それがかの有名な。でもね、八っさん。湯呑は間に合ってるからなぁ。悪いけど」

「一期一会だよ」

「俺とお前の仲なんだから、もう百期百会くらいになるだろう」

「なんだいその、百期百会ってのは」

「だめだね、冗談の一つもできないんじゃ、女房に愛想つかされるよ」

「いや、むしろその茶器を誰かが買ってくれないと女房に愛想つかされちゃうんだよ」

「おいおい、なんだかとんでもない話みたいだな。なるほどね、そういうこったい。それなら考えがあらぁ」

「ほんとうかい」

「お茶会をすればいいのさ」

「お茶会開いてどうするのさ」

「ただ開けばいいってもんじゃない。その茶器が本当にいいって言うならそれで客をもてなして、先方が欲しがったら売ればいい。欲しい人はいくらでも出すだろう」

「なるほど、さすが松ちゃんだ」

そうして今度はお茶会を開こうって言うのだから、抹茶だのなんだのと用意をし始める。するとまたお金が掛かる。

「何してんのさ」

「茶器を高く売るためだよ」

「へぇ、なにするのさ」

「お茶会を開いてわかる人が来るのを待つのさ」

「わかるって、茶器の良さを?この辺にそんなのわかる人いるわけないじゃない」

「だってそのへんの人に売れって言ったのはお前じゃないか」

「わたしは売れっこないと思ってたけどね」

「でももう松ちゃんが触れ回っているからな」

「やれるだけやってみたら」

そんなこんなでお茶会の真似事を開くわけですから、物珍しいものには目がない町内の人たちは、タダで饗されるものだと知って足を運ぶ。

「これがその茶器でございまして」

「へぇ、そうなのかい。ズズッ。いやぁ、ごちそうさま」

「いい茶器でしょう」

「うん、良かった」

「一期一会ですよ」

「ねぇ、あんた、その様子じゃだめそうね」

「なんならどうだい、おまえさんがお茶を差し出すってのは」

「へぇ、客は増えるだろうね」

「自分でいうかね」

このへんでは美人で有名な女房ですから、そんな人にお茶を入れてもらえるならと客足は増える。

「馬鹿な旦那がこんな立派な茶器を買いましてね、その分を取り返したいと思って皆さんにお茶を振る舞っているわけです。もしよろしかったらいくらかでも」

「そうかい、そんなことだったのかい。それなら少しだけど」

「あぁ、ありがとうございます」

「どうも失礼します」

「あら、いらっしゃいませ、見ない顔ですけれど」

「いや、すいません。わたくし旅のものでして、なんでも美人がお茶を淹れてくれると聞き及んだので」

「あら、口がお上手で」

「見たままを言ったまでですよ」

「ありがとうございます。でもこの通り馬鹿な旦那の女房ですから、せめてお茶でお返事をさせてくださいな」

「いや、結構なお手前で」

「ところでどのような旅でして」

「恥ずかしながら、私は浮世絵を勉強していまして」

「まぁ、私は浮世絵好きでしてよ」

「本当ですか、それならお茶のお礼と言ってはなんですが、奥さんを」

「私をですか」

「明日にまたお伺いします」

---

「なんだ、もうやらないのか。あんなに楽しそうにしてたのに」

「今日は先生がくるのよ」

「どこか悪いのか」

「違うわよ、浮世絵の先生」

「浮世絵なんてなんでまた。あ、そう、お茶を飲みにきて、それで、売れそうなのか」

「売る?なにをさ、先生が私のことを描いてくれるって言うんだよ」

「お前さんを」

「そう、私を」

「それは随分な物好きで」

「あんたに言われたくないよ、ほら、先生いらしたから、どこか遊んでいらっしゃいよ」

「人を子供か何かみたいに」

「どうも、こんにちは」

「ささ、先生、どうぞこちらへ。それでどのような感じで描いてくださるのかしら」

「こう、振り返った姿を」

「見返り美人ってやつですか」

「ええ、今、流行の」


「どうだい、そろそろ終わりそうかい。飯は」

「なんだいあんた、もう少し遊んでおいでよ」

「普段は遊んでないで帰ってこいって言うくせに、それで先生は何処に」

「お帰りになられたよ」

「そうかい、じゃあ、そんなとこボーッと座って何を」

「見惚れてるのよ」

「俺にか」

「馬鹿ね、私によ、ほら見てご覧よ」

「へぇ、随分と良く描いてもらえて」

「地がいいのよ。それはそうと近所に自慢して回ろうかしら、浮世絵にしてもらえるなんて、なかなかないわよ」

「よしたほうがいいんじゃないか」

「どうしてよ」

「お前みたいに家事をしないのが増えたら皆が困る」

おしまい

『#第3回心灯杯』『#三題噺』

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