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短編『何も気にならなくなる薬』その54

ベランダの工事が終わった。
晴れて洗濯物が干す事ができる。
久々の晴れ間だ、洗濯物日和で有ると同時に、業者からすれば施工をするにはうってつけだった。
施工自体にはまったく不満はなかったのだが、どうにも作業をしている話し声がベランダから聞こえてくる。
この暑い中大変なのは理解しているとはいえ複雑な心持ちだ。
朝、目が覚めると作業音と会話が聞こえてくる。
話し声が聞こえると言うことは、こちらの声も聞こえるということだ。
すりガラスとカーテンで隔たれているとはいえ、プライベートがほぼ丸裸になっているのは、何をするにも気を遣う。
むしろ私が気にしすぎだろうか?
その昔の長屋というものを引き合いに出すのは変かもしれないが、その頃はもっと隣の声が筒抜けだったのかもしれない。
むしろ、そんなことを気にしなくてもいいくらい、近所付き合いがあったのか、
それとも、そんなことを気にする暇も無いくらいに生活に追われていたのかもしれない。
もう少し世の中に寛容になりたいものだ。

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短編『ヤサイ』

「塗装屋さん、ご性が出ますな」
「え、あっ、どうも大家さん、ご迷惑をおかけしてます。どうかしましたか」
「いやいや、塗装屋さんがこうして仕事をしてくださっているお陰で私のアパートも借り手がつくわけですから、お礼がてら伺わせてもらいました」
「いや、わざわざ有難うございます。いやね、私達はよく仕事が遅いなんてなこと言われますが、その気になればすぐに終わらせる事もできるんですよ。ですがね、ここに住んでいる人達の生活を邪魔しちゃいけませんから、時間を選んで仕事をさせてもらっています」
「そうして気を遣っていただけると、貴方のところに頼んでよかったと思えるものです。野外での作業暑いでしょうから冷たい飲み物でもどうぞ」
「いやいや、そこまでお気遣いいただかなくても、あっ、そうですか。では遠慮なく」
「ではこのキンキン冷えたヤサイをどうぞ」
「えっ、大家さん、飲み物ですよね」
「ささ、キンキンに冷えている炭酸は美味しいですよ」
「あ、三ツ矢サイダーのことヤサイって呼ぶんですか。いや、これ大好きなんですよ。ははは、では頂きます。
うん、うん、うん、ぷはぁ、ゲプ。いやぁー、キンキンに冷えたヤサイ、いいですねぇ」
「この暑い中、作業をしてましたから、より一層冷たく感じるでしょう。さぁさぁ、アイスチャンディーもありますよ」
「お、これはスキャンだな」
「スキャンダル?」
「いやいや、アイスキャンデーは略してスキャンでしょ」
「アイスキャンデーはアイスキャンデーですよ」
「そこは普通なのかい。まぁ、頂きます。いやー、野外でアイスキャンデーを食べるのは久しぶりだ」
「早く食べないと溶けて棒から落ちますよ」
「おお、本当だ、危ない危ない。いやー、子供の頃を思い出すなぁ。暑い最中、兄貴と一緒に自転車に乗ってコンビニまでいって、少ない小遣いで三ツ矢サイダーとアイスキャンデーを買って交換して」
「そうやって懐かしそうに食べていただけると、こちらとしても嬉しいですな。おや、通り雨ですかな」
「あ、本当だ。いやー、大家さんすみません。ご馳走になったのに、また明日晴れたら仕事に取り掛かりますんで」
「えぇえぇ、ゆっくりでいいですよ」

「おーい、今日は兄貴が久久に遊びに来るだろう。雨で仕事が早上がりになったから、飲み物買ってきたよ」
「あら、何買ってきたの」
「ヤサイだよ」
「野菜ジュース?」
「そうじゃない、三ツ矢サイダーだよ」
「なら、三ツ矢サイダーって言えばいいじゃない」
「そうじゃないんだよ、ツウはヤサイって呼ぶんだよ」
「へぇ、そうなのかい」
「おっ、噂をすればだよ。来た来た。いらっしゃい。塗装屋さん、キンキンに冷えたヤサイはどうだい?」
「おれは塗装屋じゃないよ、公務員だ」
「そうじゃないんだよヤサイだよ冷えたヤサイ」
「冷えたヤサイ?おれは温野菜がいいよ」
「そうじゃないや、今持ってこさせるから。おーい、コップにヤサイ入れてもってきて」
「野菜スティックでもでてくるのか」
「そうじゃないや、その前にアイスキャンデーはどうだ、懐かしいだろう」
「いや懐かしいけどさ、これから晩御飯なんだろう、用意してもらってるのに先に食べるのは申し訳ない」
「そんなことをいうなよ、せっかく用意したんだから、暑い中食べるアイスキャンデーは格別だぞ」
「いやいや、クーラーガンガン効いてるだろうよ。ふーん、これが例のヤサイか、随分泡立ってるな。ってなんだよ、三ツ矢サイダーじゃないか」
「兄貴は物を知らないな、通はこれをヤサイと呼ぶんだよ」
「へぇ、お前が通ねぇ。じゃあ、三ツ矢サイダーのルーツを知ってるか?」
「そりゃ、あれだよ、ヤサイって言うくらいだから、原材料に三つの野菜が入ってるんだよ」
「何をいってんだ、「三ツ矢サイダー」のルーツはな、兵庫県川西市にある平野の鉱泉水。明治時代に「三ツ矢平野水」として発売されんだ。これをその後サイダーフレーバーエッセンスを輸入して」
「ルネッサンス?」
「それじゃあ、時代が戻っちゃうよ。このエッセンスを使って「三ツ矢印の平野シャンペンサイダー」の製造販売をはじめた。これが「三ツ矢サイダー」の前身だな。サイダーという名前がついたのは、サイダーフレーバーエッセンスを使っているだろ? このサイダーという響きが当時の人にとって覚えやすかったからか、炭酸はソーダというけれど、サイダーとよぶようになった、それから多くの人に愛されてサイダーといえば「三ツ矢サイダー」と言われるようになったんだよ」
「はー、なるほど、サイダーの理由はソーダったのか」
「ちゃんとわかってるのか?」
「わかってるよ。流石は兄貴、物知りなだけあるな」
「はい、三ツ矢サイダー」
「そうじゃなくてヤサイだよヤサイ」
「はいはい、わかってるわよヤサイヤサイ」
「あれ?2リットルも買ったのに、もう半分なくなってるじゃないかよ、お前台所で飲んだのか」
「飲んでないわよ、料理に使ったの」
「なんだって料理に使うんだよ」
「だって、角煮を作るときに入れると美味しくなるんだもの。きっと野菜の出汁が効いてるのよ」




参考文献、引用元

三ツ矢サイダー美味しいよね。

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魚亭ペン太(そのうち公開)
美味しいご飯を食べます。