小説「尺足らず」
「自分より背の低い女性の方がいい」
他の男子が言うような理想の恋人像は、自分のことを棚に上げるような理想で、本当に棚の上に乗らないとと叶いそうになかった。
なぜなら、私の身長は女子の平均身長157cmよりも低い。場合によっては背の高い女子が相手だと頭一つ低いこともある。
ひどいときには中学生が高校に迷い込んだみたいな扱いをされる。だから「自分よりも背の高い男性がいい」という理想の男性像の条件からは真っ先に外されてしまう。
「そんなに急いでどこに行くんだ」
普通に歩いていても人より歩数が多いためか急いでいると勘違いされるし、重い荷物をもたせるのは悪いといって、クラスの男子から女子よりも女子らしい扱いをされてしまう。
背が低いことは仕方がないとはいえ、それがあからさまになるようなところはなるべく避けるようにしている。だから放課後に図書室へ向かうときも体育館の前は通らないようにしている。
なぜなら、バスケ部にバレー部といった高身長が重宝される部活動があるためだ。そこに近づくことでより一層自分が小さくみえるので哀しくなる。体育館を通らないルートで階段を登っていくと、踊り場で屯している女子生徒たちの噂話が耳に入る。
「都市伝説なんだけどさ」
夏が近づくとこのような怪談話は必ずといって話題にあがる。
「八尺さまって知ってる?」
「あれでしょ、背がニメートル四十センチの」
普通の人でも見上げるくらいの大きさなのだから、もし自分がそんな相手に遭遇してしまったら、見上げきる前に襲われてしまいそうだ。
「高身長でワンピースってモデルみたいだよね」
そうして話の内容は脱線していく……
「私ももう少し身長欲しかったなぁ」
まったくもって同じ気持ちだが、いっそのこと全人類の身長が低くなってくれればいいのにとさえ思ったことがある自分とは少し違うかもしれない。
でも、誰にでも何らかのコンプレックスがあるのは当然なのかもしれない。
「ほら、バレー部の高橋さん、きっとワンピースとか似合うと思うんだよね」
「たしかに、でも、普段の感じからしてワンピースは着なそうだよね」
「もったいないよね、身長高いのに」
と噂の的にされている高橋さんは学校の中では有名人だった。まず、スポーツ推薦でバレー部のエース。高身長で短い髪はボーイッシュだけれども、美人の部類に入る。
なにせクラスの男子からの人気も高い。八尺様までは行かずとも、自分と横並びになったりしたときにはきっと、そんなふうに見えるに違いない。
このまま立ち止まっているわけにもいかないので踊り場の方へ足を踏み入れる。
「あっ、小林じゃん」
「どうも」
「なんでそんなによそよそしいわけ、同じクラスなのに」
女子三人がケタケタ笑う。
女子グループの中心として中村さんは誰にでも声をかけるような性格とはいえ、接点が殆どないので、声をかけられてもどうするべきなのかわからない。
「それにしても対象的だよね」
「はぁ」
「そうだ、丁度いいや、明日空いてる?」
「なんでですか?」
「明日はバレー部の試合なの。応援しに行くんだけど、ちょうど男手が欲しかったんだよね。明日の九時に隣駅のスポーツプラザに集合ね」
「じゃあ、よろしくー」
「おくれるなよー」
こちらの返事を待つわけでもなく、まるで逃げるように女子三人組は帰ってしまった。
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気乗りがしないわけではないけれど、彼女たちの連絡先も知らないので断ることもできない。結局のところ足を運ぶしかなかった。
身長のこともあって普段からスポーツをすることはないけれど、自分ができないことをしている姿は単純に憧れるしかっこいいと思える。
オリンピックは毎年欠かさず見ているからか、こうして試合を見ること自体は正直なところ楽しみであった。
予選を勝ち抜いた高校が四校あつまっての決勝トーナメント。他校の生徒が高橋さんの名前を噂していることから、やはり高橋さんは青葉高校のエースであるというのが改めてわかった。
コートの上に選手たちが揃うと改めて高橋さんの身長の高さがうかがえる。その高身長から叩き込まれるスパイクは強力であったし、ブロックをする姿は頼もしくあった。
「ほら、だまってないで、声出して」
「青校、ファイトー」
手渡された手作りらしきうちわはまるでアイドルの追っかけみたいだけれども、それだけ応援しようという熱意が伝わってくる。
決勝トーナメント一回戦を無事に勝ち越し、決勝戦へと駒を進めた青校は1セット目を取り、2セット目を18-14で迎えていた。
決勝戦だけあって、誰か一人だけが突出しているだけでは勝てない。リベロの選手は背が小さいだけにナイスプレーをすると思わず自分がガッツポーズを取ってしまう。
アウトサイドヒッターにセッター、ミドルブロッカー。他の選手の名前はわからないけれど、高橋さんはおそらくオポジットだ。だから攻撃の要になっている。バックアタックが決まって、ローテーションが動くと高橋さんが前衛になる。
味方のサーブから緩い玉が返ってくる。それをトスで上げて力強いアタックを高橋さんが決めた。
勢いよく叩きつけられたボールがコート外へと飛んでいく。
そこから急に高橋さんがコーチに向かって合図をすると、なにやらベンチへ入っていく。
「どうしたんだろう」
そこまでルールに詳しくない彼女たちは思わず不安の声を漏らす。もしかしたら怪我をしたのかもしれない。その憶測は当たっていたらしく、それによって相手が息を吹き替えしたのか23-25で追い越されて2セット目を取られてしまった。
それから3セット目を迎えた青校バレー部は高橋さんなしで接戦を繰り広げたが力及ばず優勝を逃した。
「負けちゃった……でも、惜しかったね」
応援していた自分たちですらそれだけ悔しい思いをしているのだから、選手たちはどれだけ悔しいだろうか。そして、高橋さんの怪我は大丈夫なのだろうか。そればかりが気になって仕方がなかった。
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「小林くんこの前応援しに来てくれてたでしょ、ありがとう」
翌登校日、高橋さんが席までやってきて声をかけてくれた。無意識にこちらへ視線を合わせるためか少しかがむような形を取っていたので、どこかむず痒くなる。
「あれから怪我は大丈夫なの?」
「酷い捻り方しちゃってね、しばらく休まなくちゃダメだって言われちゃった」
「残念だね」
「でも、途中まで活躍してたでしょ」
「うん、かっこよかったよ」
「怪我したあとベンチに戻ってね、応援してくれてる人達に謝りたい気持ちで見上げてみたのね。そしたら小林君がいて、驚いちゃった。応援するためのうちわとか用意してくれてたでしょ?」
「あれは中村さんたちが用意したんだよ」
「でも、嬉しかったな、まさか見に来てくれるなんて」
「スポーツ観るのは好きだから、楽しかったよ」
「楽しんでもらえたなら何よりかな。それでさ、コーチにも急に休みなさいって言われて、どうしたらいいか悩んでてさ、よかったら図書室遊びに行ってもいい?」
「別にそれは自由にして構わないけれど」
「せっかくだからあの試合どう思ったか感想聞かせてよ」
それから放課後が来るまでの授業中は寝付けなかった。こんなふうに女子と約束事をして放課後を迎えるのは初めてのことだった。
「こんにちは」
普段入りなれないからか、よそよそしく入ってきた高橋さんは意識しすぎないくらい声を小さくしていた。
「そこまで声落とさなくても大丈夫ですよ。それに他の生徒もいないですし」
「いつもこんな感じなの」
「図書室が賑わってたら、それこそ大騒ぎというか、放課後はいつもこんなですよ」
「放課後って部活で賑やかなイメージがあったから、こんな静かな場所があるのってなんだか新鮮」
受付に座っている私から近い場所の椅子を持ってきて、あの試合の感想と実際にどんな気持ちで試合に望んでいたのか、お互いに見えなかった部分の話をして時間を過ごした。
「知っているかもしれないけど、これアスリートが怪我したときの自伝」
検索を掛けてみて見つかった一冊を薦めると、彼女は快くそれを借りていった。
それからしばらく高橋さんが図書室に遊びに来ていて、他愛のない事や普段は知らない中村さんのこととかを話したり、お互いに対照的だと言われていたことを話したりした。
「ほら、私はさ、背が大きいから目立つでしょ。小林君もたぶん色んな人に見られることが多いと思うけど、どう思う」
「実は放課後の体育館には近づかないようにしてた」
「どうして?」
「ほら、背の高い人がたくさんいるから」
「それ、カナも言ってた、この体育館で私だけが小さいって」
「リベロの人?」
「うん、そうそう。でもその気持ちわかるかも。私も小さい子供のたくさんいる公園とかは避けてたなぁ。おっきいお姉さんって言われたときは恥ずかしくて逃げちゃったもの」
「たしかにそれは逃げ出したくなるね」
「でしょう」
なんて話をしながら過ごす彼女との放課後は終わりを迎える。彼女の怪我は治り、再び部活へと熱を入れている。それからの私は少し馬鹿だなと自分でも思うような行動をしていた。
今までは通らなかった体育館の前をわざと通ってみたりした。もしかしたら偶然会って話ができるかもしれないと思ったからだ。
クラスの中で普通に話しかければいいとさえも思ったが、普段からそんなことをしていない自分にとってはハードルは高すぎた。
彼女が図書室に来るような時間も無ければ、天気がどうであっても部活は休みにならない。正直に言えば、自分は恋をしているのだと気がついた。
それがどうしてかはわからないけれど、似たような境遇だからなのか、それとも憧れのようなものを抱いてなのか、またあのときのようにとりとめもない話をしたいと願ってしまっていた。
「あれ、小林じゃん」
「あぁ」
「ちょっと、一緒に応援しにいった仲なのに冷たくない? それはそうと高橋さんとはどうなの」
「どうなのって」
「そりゃほとんど毎日一緒に図書室でおしゃべりしてたんでしょう、連絡先の一つや二つ交換したんでしょ」
「いや、してない」
「まじで?馬鹿じゃん」
中村の隣りにいる斎藤が思わず本音をこぼしてくる。何も言い返せない。
「タイミング逃したのか……せっかくお膳立てしたのに」
「お膳立て?」
「いや、こっちの話、まぁいいや、そしたら私が連絡先教えてあげるから、連絡しなよ」
「いや、でも勝手に聞くのは」
「別にそんな他人みたいな関係でもないでしょ」
島崎までもが問い詰めるような口ぶりで言い放つ。自分としては願ったり叶ったりだ。いまれるがまままずは中村さんの連絡先を聞いて、その後に高橋さんの連絡先を教えてもらった。
「対象的なくせに世話が焼けるのは同じなんだよなぁ、この二人」
中村さんの愚痴はともかく、第一声をなんて送ろうか、それだけが打ち込まれては消されてを繰り返していた。
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