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短編『何も気にならなくなる薬』その296
生まれ故郷に帰る。
といっても仕事で偶然立ち寄っただけだ。
なにより身内は誰も住んでいない。
肩書だけの生まれ故郷というのはどことなくさみしくもある。
しかしたしかに記憶にはある。というのも年に一度祖父の家に泊まりに来ていたからだ。
公園を埋め尽くす雪。
近所に子供も少なかったからそれを兄弟と二人じめ?できたことだ。
しかし、今、誰かを訪ねる理由もない。
とりわけ友好関係もないので戻る理由もない。
本当に戸籍上の故郷でしかない。
さみしいものだ。なにかの縁で人付き合いが増えたらなと願ってしまう。
そんななか不変なのは岩手山の男らしさと姫神山のあのちょこんとした可愛らしさだろうか。
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〜
自動販売機、経済成長
もやし、スイミングプール
ガソリンスタンド、
ミートソースパスタ
〜
懐かしさとは時に残酷だ。あの頃を思い起こすと同時に現実の酷さを痛感する。
プール通いの帰り道、父親は必ずガソリンスタンドへ寄った。プールで疲れた私は今にも眠りにつきそうであったがここに来るのだけは楽しみでなんとか眠い目をこすって助手席に座っていた。
「ミートソース食べるか」
今思うと不思議だが、あのガソリンスタンドには軽食屋がついていて、そこのミートソースパスタを食べて帰るのが定番になっていた。
経済成長期のあの頃は様々なことに挑戦する人が多かった。新しいことをしよう、時代に取り残されないようにしようと、おかしなコンセプトの個人経営店が当たり前のようにあった。
今じゃ同じ看板のお店が少し進めばすぐに目に入る。
スイミングの疲れとミートソースで満たされた食欲は次第に眠気を誘う。
目が覚めた時にはもう家に着いている。
今思えば帰宅後には当たり前のように晩御飯を食べていた。
今じゃとてもできない若さ故の食生活だ。
そのガソリンスタンドのすぐ横には自動販売機があって、父はミートソースを食べている私を眺めながらそこで買った缶コーヒーを飲んでいた。
その自販機だけは今もそのまま残っている。
ガソリンスタンドは他店との競争に負けて閉店してしまった。
しかし何故かパスタが有名だったがために飲食店として今は栄えている。
でも、あの頃のチープな感じはもはや面影はなく上品な感じがする。
なによりパスタに合わないであろうもやしの和え物が添えてあったのが、今ではメニューにはない。あのかさ増しのチープさは売りではなかったらしい。
「何か食べたいものあるか?」
「ミートソース」
その点に関しては今も昔も変わらないらしい。
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