短編『何も気にならなくなる薬』その144
最近は全く本を読まなくなった。
いや、読もうと思えば読めるはずなのだが、物事の優先順位が変わってしまった。本の魅力は確かにある。けれども、便利な道具や世の中が忙しなくなると、ゆっくりと本を開く時間もなくなってしまう。
いや、むしろ本を選ぶ時間こそが最も必要な時間であって、その時間が取れないから本を読めないのではないか。
駅構内の本屋を傍目に見ては通り過ぎていく。
読書は大事なことだが、世の中の全てではない。
けれどもそうした時間は必要なはずだ。
読書の中には非日常がある。
非日常は現実を忘れさせ、人の悩みを隠してくれる。もしかしたらその考え方の支えになることもある。
本の様な自分を受け止めてくれる存在を求めて、
私は私で物語を用意しているのかもしれない。
「スリリング」
「西洋医学」
「商売道具」
今回はこの三つ。
西洋医学……現代の主な医療。科学的に捉えて治療を行う。
対象的に東洋医学とは
中国発祥の伝統医学であり、日本に伝わって鍼灸医学や漢方医学として発展した医学のこと。 根本的な考え方は心身のバランスを整え、健康を維持するというもの。
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「僕はね、今、とても生きている心地がするよ」
「余計なことは喋らなくていい」
「だって、そうだろ、今までは当たり前のように息をして時間を潰すことを考えていた。それなのに、こうしていざ目の前に死が近づいてくると恐ろしい」
「いいから、黙っていろ」
「もうどうせ死んでしまうのだ。だったら最後くらい優しい言葉をかけてもらいたいな」
「悪いけどね、私は君の知っている通り名医だ。誰がなんと言おうともね。だから私はあなたをまた退屈な時間の中に戻してしまうかもしれないが、正直に言おう、この手術はあまりにも無謀だ。医者の私が言うのも何だけれどもね、とてもスリリングな瞬間だよ。商売道具もまともに揃っていない。ましてや西洋医学の知識をもっても完治できるかどうか。患者の命を預かっているのに、心が踊っている。どうなるかわからない。こんな気持ちは初めてだ。今、とても生きている心地がする」
美味しいご飯を食べます。