メモ帳供養 その2
幸せをまとった朝。
ふわっとした感じ。
血が足りないようなぼんやりした頭。
手にすくい取った冷水で叩き起こして、布団に戻りたくなるような気持ちをタオルの中で感じる。
今日には調子は良くなるような気はしていた。けれども、今日もダメそうだった。それでも、待ちあわせの時間には遅れまいと、支度を済ませていく。
体の調子は悪い。長いこと油を指し忘れた自転車のチェーンみたいに、モッタリとした感覚が体中にまとわりついている。
こんな説明をしても、よくわからないという顔をするに決まっている。世の中がそうなのだから彼だけに多くは求められない。
わかっては貰えない。そう思うと気分まで重くなってくる。
やっぱり今日はやめておくべきだった。
どうしても会いたいというけれど、会う場所と過ごす時間、それと言っていつもと変化がない。なにかこういつもと違うことがしたい。そう漠然とした期待のようなものが私の中にはあった。
「一緒にいるだけで幸せ」
友人の言葉にそんな幸せが世界共通だとでも思っているのだろうかと毒を吐きたくなる。
「おはよう。やっぱり調子悪い?」
「ううん、大丈夫だよ」
表向きはそう。そう言ってしまう私なのだ。そうじゃなければこうして彼に会っていることもない。
「それで、話って何」
「うん、実はね、手術することになったんだ」
「えっ」
どうしても話すのは今日じゃなきゃいけない。その理由はあまりにも大きなものだった。
「どうしてそんなことを今」
「なかなか言い出せなくてごめん」
「どんな病気なの」
「体の一部が動かなくなるって言ったらわかりやすいかな」
初期症状で彼は既に走り回ることはできない体だった。
それを今更説明されては、今まで心の中で彼に悪態をついていた自分を責めたくなる。
「それで、手術すれば良くなるの」
「よくなるというか、むしろ応急処置かな」
「治らないってこと」
「うん、まぁ、そうだね。だから体の中に筋肉の代わりになるワイヤーをつけるんだって、まるでロボットみたいじゃない」
目の前で笑っている彼の心情が読めない。
体の一部がロボットになる。そんな冗談で笑えるだろうか。
「退院したら一緒に走り回れるかもしれないよ」
彼が急がない性格なのは私の勘違いだった。
急ぎたくても急げない体だったのだ。彼の体は一生調子が悪いのだ。
だから遊びに行くときはわざと遅い時間に集合時間を設定していたに違いない。今になって不満に思っていたことの全容が見えてきた。それでも早く集まろうと言った私のためにどれだけの労力を注いでくれたのだろう。
「そうなんだね」
言葉に詰まった。どんな言葉をかけたらいいかわからない。体はだるくてまともに頭が回らない。
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