短編『何も気にならなくなる薬』その292
〜改める、サツマイモ、杞憂、長所、田植え〜
「そんなことは杞憂じゃよ」
じいちゃんはそう言って田植えに戻っていった。
好きなことを商売にする。そんなことが夢物語だと言うことはわかっているつもりだ。
でも、誰もそれを挑戦しなくなったらますます何もできない環境を作ってしまう。
地元のさつまいもを活用したスイーツで町おこしをと始まった企画は、始めのうちは誰もが賛同をしていたが、いざ始めてみると誰もが尻込みをしてしまった。
「それはあなたが一番得意でしょう」
いつの間にか梯子で登らされ、気がつけばその梯子はなくなっていた。
誰だって新しいことに挑戦するのは怖い。それはそうだ。
たしかに田舎を飛び出してパティシエとしての技術を身に着けて帰ってきた。それは家の都合と言われても仕方ないが現状を変えたい一心だった。
しかし、実際には出戻りのように扱われ、新しいことや知らないことへひどく警戒心を抱かれてしまう。
こんなはずじゃなかった。誰しもが手に手をとって町おこしをしようとしてくれるはずだった。
「はい、お茶」
「ばあちゃん、どうして皆新しいことを怖がるんだ」
「違うんだよ、皆、同じ失敗をしたくないんだよ」
「同じ失敗?」
「昔もね、あんたみたいに夢を持って帰ってきた若者は何人もいたんだよ。でも、上手くいかなかった。自分たちはこの町の外を知らない。知らないというのは自信を持てないのと同じ、自分ができることでしか自信を持てないんだよ」
「でも、はじめなきゃ」
「じゃあ、あんたは田植えができるかい」
「そりゃ手伝っていた時期もあるからできるよ」
「何年もできるかい」
「それは」
「まだ、皆準備ができてないんだよ。それをできるあなただけが急いでる。人を導くなら先に行き過ぎても駄目だし、足並みを揃えても駄目、一歩だけ、ほんの少しだけ前を歩く、そうすれば皆あなたの後についてくるよ」