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Photo by
chiyon_2013
短編『何も気にならなくなる薬』その306
針仕事
引っ越し
殺人鬼
ここのところ隣人の生活音がうるさい。
そう意識し始めてからさらに気になる。
より一層意識がそこに向けられてしまうのだ。
壁を叩くとか、朝方に顔を合わせてわざとらしく挨拶をするとか、いろんな方法を考えるが気が弱くてとても行動に移せない。
隣人の物音と自分の気弱な部分、そして簡単に引っ越すわけにもいかない一人暮らしという現状に嫌気が差す。
どうして私がこんな目に遭わなくてはいけないのか。
継続して鳴り続ける小刻みな生活音がさらに神経を逆撫でする。
何をしているのか、時折玄関先から隣人の様子をうかがってみるが、なにやら大きな段ボールが連日送り込まれている。
何か怪しいことをしているのではないか。
考えれば考えるほどそうした思考に引っ張られていく。
そういえば最近旦那さんを見かけない。
まさか旦那さんとのいざこざで殺してしまい、その後処理を部屋の中でしているのではないか。
まさか、隣人は殺人鬼なのではないか。
トトトトトトトト。
小刻みな音が心臓の鼓動を速くさせる。
まさかまさかまさか。
玄関から出てきた奥さんと目が合う。
「あっ、こんにちは、あの、伺おう伺おうと思ってなかなかお会いできずすみません。最近内職の針仕事でミシンを使い初めまして、うるさかったらごめんなさい。お詫びと言ってはなんですが、こちらよかったら召し上がってください」
トトトトトトトト。
恥ずかしさで心音が増していく。
「ねぇ、おかあさん、隣の人静かになりそう?」
「こっちが下手に出たし、少しは静かになるんじゃないかしら」
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