「沈黙」
誰がそれを間違いや失敗として決めつけたのだろう。
今にこうして好きな人の目の前で黙りこくっている僕は、はたして失敗だと言い切れるだろうか。
僕からすればこの時間は貴重だった。
お互いが黙ったまま同じ空間にいられること。
そしてそれを理解しておきながらお互いを意識している。
なんて特別な時間だろうとさえ思った。
けれども、それは沈黙の捉え方次第だった。
もしも彼女がこの沈黙を心地よく思っていないのだとしたら、僕はなんて独りよがりな幸福に入り浸っていることだろう。
それこそ価値観の相違だ。
だからといっていつまでも沈黙を貫くつもりもない。
どこかで声を発するべきだと。
もちろんそのままでもいいとすら思っている。
自分本位で生きるのか、それとも正解かもわからない彼女の真意を予測してあれこれ考えるべきなのか。
コーヒーカップを傾けて再び置く。
もうこの手は使えない。中身は空っぽになってしまった。
「おかわりする」
彼女の一声で沈黙が破られた。
まだこの時間を過ごしたい。
彼女もそう考えてくれているのだろうか。
「君はどうする」
「私ももう少しここにいたいから」
お互いにつられて小さく笑った。
この沈黙は苦しいものではなかった。
「それなら僕も同じだよ」
窓の外に降り立った雀の姿を眺めてお互いにそれを見つめた。
時折彼女の横顔を眺めた。
もしかしたら彼女も僕の横顔を眺めていたかもしれない。
日差しの差し込む喫茶店の一角、ただお互いにコーヒーを傾ける時間。
お互いが側にいることだけを意識して、それ以上を望まずに過ごす。
誰がなんと言おうと、それは心地良い沈黙だった。
美味しいご飯を食べます。