「潰れ姫」
氷を入れたグラスに炭酸水を入れて、そこに魔法を掛ける。ただそれだけ。
たったそれだけの、科学的な理屈のなさそうな仕組みで、私達は夢見心地になれる。
「ほーら、また潰れた」
さっきまで勢いよく愚痴をこぼしていた女性も、テーブルの上にとき伏せて呪文のような言葉を列挙している。
彼女の連れてきた男性はどうするべきなのか悩んでいるようであったが、悩めるだけの良心があるのなら、なんの問題もないだろう。
この魔法を悪用する人間なら、私達は彼を迫害して、受け入れなかった。しかし、彼は彼女の具合よりも受け入れられた自分がこの場から離れてしまうことを惜しんでいる様子であった。
自慢ではないが、私達は彼女のことをよく知っている。言ってしまえば親代わりといってもいい。
独身男性たちの集まりからすれば、一回りも離れた歳の娘は可愛がりたくもなる。彼女自身もそうした冴えない男たちの気持ちを汲み込んだのか、もしくは優しさが過ぎたのか、まるで親に恋人を紹介するような形で彼を連れてきた。
「いつもこんな感じなんですか」
「まぁ、そういう日もある」
流石にいつもそうだと言ってしまっては彼女の印象が悪くなる。私達ははっきりしない表現で庇うように否定した。
「でも、いいですね、こうして安心できる場所があるのは」
どことなく私達は雄ではないと言われた気もしたが、問題を起こしてこのコミュニティから逸れるくらいなら、聞こえのいい紳士になるのがもっともいいのだろう。
「この子が来てくれるのは確かに華があっていいけれどね、私達としても心配なのさ」
たしかにここにいたら楽しい。少なからずその自信はある。けれども、将来的に彼女にとって良いかとどうかと言われれば、はっきりとした言葉は選べない。
「それで、彼女のことはどう思う」
一人からの不躾な質問だった。これからの関係を促すような、無責任な発言でもある。
「私は」
彼自身の酔いはまだそう深くはなかった。恥じらいを覚えていることに恥ずかしくなったのか、彼は言葉をつぐんでマスターにもう一杯注文した。
潰れて静かに寝ている以上、お姫様をどうこうするつもりはもはやなく、彼もまた一人の男性としてお酒を楽しむことを決めたようである。
それから私達は男性的な欲望と世間との折り合いについて多くを語り合った。
私達の人生における失敗談は、彼の人生に何らかの影響を与えるには違いない。
私達が少年になっていることを悟らせるように、彼女のいびきが大きく聞こえた。