Okinawa→沖縄
1972年5月15日
今年は沖縄の返還50周年と話題になっています。
返還という表現が正しいのか、50周年は祝事なのか、様々な意見や考え方があるようです。
また、今の若い世代は沖縄県が50年前はアメリカだったことを知らない人も多いらしいです。
50年という時の経過と昔はアメリカだったというのは、紛れもない事実であるのですが、近代の歴史は古代の歴史に比べて、生々しさが残るからか、その背景などが、正確に伝えられていないのかもしれません。
しかし、事実はしっかりと伝えていかないといけないと思うのと同時に、様々な視点での自分なりの想いや考えを持つきっかけとすれば良いのではないかとも思います。
私は「この時」小学6年生でした。
翌年、中学に上がった時に仲良くなった友達から、この「事実」に関する話を聞いたのを覚えています。
彼はボーイスカウトの活動で沖縄を訪れたのですが、「日本語も通じるのに車が右側を走っているんだ!」と驚いていたのをよく覚えています。
その話を聞いて私も「うそっ!ほんまか??」(関西なので、、)と驚いた記憶があります。
今考えると、大したことではない事実ではあるのですが、その年齢の子どもにとっては、凄い事実だったのでしょう。私にとっても衝撃だったので、今でも覚えているのだと思います。
大人にとっては、大した「事実」でなくても、子どもにとっては、ものすごい「衝撃的事実」というのはあるのだと思います。
考えてみれば、子どもと大人では今までの経験値が違うわけだから、同じインプットでも反応が違うのは当然かもしれません。
そして、その衝撃こそが、何かを考えたり学んだりするには、良いきっかけになるのではと思います。
教育って、大人が教えることもあるでしようが、子どもが自ら学ぶことも多いのでは、と最近つくづく思います。
我々は大人の価値基準で、教える内容を決めてしまっていると、教育者の方から聞いたことがあります。
昔、YouTuberという職業に就きたい子どもはいなかった。なぜなら、そんな職業はなかったから。それくらい、世の中は変化する。そんな世の中で、将来何になりたいか?なんて、わからなくてもいいのでは?と言う意見もあるようで、なるほどと思ってしまいます。
いつか、自分の生きる道を決断しなくてはならない時のために、子どもはいろんな「衝撃的事実」を体験して、いろいろ自分なりに考え備えていくことが子どもの教育なのか、と思います。
そんなことまで、思いを巡らせてもらえた「昔アメリカだった県の50周年の事実」です。
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Chinpan S
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