古今集 巻第七 賀歌 351番
さだやすのみこの、きさいの宮の五十(いそぢ)の賀たてまつりける御屛風に、桜の花のちるしたに、人の花見たるかたかけるをよめる
ふぢはらのおきかぜ
いたづらにすぐる月日はおもほえで花見てくらす春ぞすくなき
貞保親王の母の二条の后の五十の祝賀をなさった時にあった御屏風ので、桜の花が散る下で人が花を見ている絵を詠んだ歌
藤原興風
無為に過ぎる月日は何とも思わないのに、花を見て過ごせる春の日はなんとも少ないと思う
花はすぐに散ってしまうので、もっと見ていたいと言うことです。屏風の絵の中の人の心情を詠んだのでしょう。でも取りようによっては、50歳のお祝いなのになんとも失礼な歌です。まるで二条の后は50年無駄に過ごして、輝く春の日はわずかしかなかったと揶揄したような内容ともいえます。まあ、おそらくはそんな積りはないのでしょうけれど。
二条の后は藤原高子です。
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