古今集巻第十九 雑躰短歌 1002番
ふるうたたてまてりし時のもくろくの、そのながうた
つらゆき
ちはやぶる 神の御代より
呉竹の 世々にもたえず
天彦の 音羽の山の
はるがすみ 思ひみだれて
さみだれの 空もとどろに
さ夜ふけて 山ほととぎす
鳴くごとに たれもねざめて
唐錦 立田の山の
もみぢばを 見てのみしのぶ
神無月 しぐれしぐれて
冬の夜の 庭もはだれに
ふる雪の 猶きえかへり
年ごとに 時につけつつ
あはれてふ ことをいひつつ
君をのみ 千世にといはふ
世の人の 思ひするがの
富士の嶺の もゆる思ひも
あかずして 別るるなみだ
藤衣 織れる心も
八千種の 言の葉ごとに
すべらぎの おほせかしこみ
巻々の 中につくすと
伊勢の海の 浦の潮貝
拾ひあつめ とれりとすれど
玉の緒の 短き心
思ひあへず 猶あらたまの
年をへて 大宮にのみ
ひさかたの 昼夜分かず
つかふとて 顧みもせぬ
わが宿の しのぶ草おふる
板間あらみ ふる春さめの
もりやしぬらむ
古歌を奉った時の目録に添えた長歌
紀貫之
勇壮な神々の時代から
美しく長い竹のように世よにも途絶えず
山彦が響く音羽の山に
春霞が立つように思いが乱れる(春)
五月雨の空にとどろくように
夜更けて山ほととぎすが
鳴くたびに誰もが寝覚める(夏)
錦のような立田山の
紅葉の葉を見て心を慰める(秋)
神無月十月は時雨が降り続き
冬の夜は庭に斑に
降る雪のようにまた心も消えてゆく(冬)
毎年ごとに、その時々に
あわれということを言い続け
君の命を千代にと祝う(賀歌)
世の人の嘆く思いも駿河の
富士の嶺の燃える思いも(恋)
満たされないず、別れの涙は
藤色の見送りの衣を織る気持ちも(離別)
八千種の沢山の言の葉の歌を
帝の仰せをお受けして
巻々の中に書き尽くそう
伊勢の海の浦の潮貝を
拾い集めるように取り入れてきたが
玉を繋ぐ紐の短さのように足りない才能で
思いは行き届かない、また新しい
年を経て宮中に
長い間、昼も夜も分けず
仕えようとして顧みないので
我が家はしのぶ草が生えて
板の間が粗くなり降る春雨で
雨漏りがするように、歌も漏れてしまっただろうか
古今集を撰ぶ前に、万葉集に入らなかった古い歌を集めて献上した時の目録に付けた長歌だと言われています。この長歌の内容に、春、夏、秋、冬、賀歌、恋歌、離別など歌の部立が詠み込まれています。
歌の後半は、醍醐天皇の勅命で沢山の古歌を集めようと努力しているが、才能が足りずに行き届かず、宮中に泊り込んでいるので家が荒れて雨漏りしている事を序詞にして、歌が十分に集められておらず漏れているかもしれない、と結んでいます。勅命に対して勤勉に作業をしたこと、そしてそのために家が荒れていると愚痴を言うのかと思わせて、努力が足りないかも知れないと謙遜して歌が終わります。ご褒美はたくさん出たことでしょう。
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