古今集巻第十八 雑歌下 970番
惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、かしらおろして、小野といふ所に侍りけるに、正月にとぶらはむとてまかりたりけるに、比叡の山のふもとなりければ、雪いとふかかりけり。しひてかの室にまかりいたりてをがみけるに、つれづれとして、いとものがなしくて、帰りまうできて、よみておくりける
なりひらの朝臣
わすれては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけてきみを見むとは
惟喬親王の元に罷り通ひけるを、頭下ろして、小野と言ふ所に侍りけるに、正月(むつき)に訪ぶらはむとて罷りたりけるに、比叡の山の麓なりければ、雪いと深かりけり。強いてかの室に罷り至りて拝みけるに、徒然として、いと物悲しくて、帰り詣で来て、詠みて送れりける
業平朝臣
忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪踏み分けて君を見むとは
惟喬親王の所に度々通い訪ねていたところ、親王は剃髪して出家し、小野と言う所にお移りになった。正月に訪ねようと思って行ったところ、比叡山の麓なので、雪がとても深く積もっていた。無理をして親王の庵にたどり着いてお会いしてみると、思いに沈んでおられ、物悲しい様子であった。そこで帰って来てから、詠んで送った歌
在原業平
お会いしたことを忘れては、ふと夢だったかと思う。考えたことがあっただろうか、雪を踏み分けて君にお会いするとは
この話は伊勢物語83段に書かれています。惟喬親王は京都と大阪の間の水無瀬におられて、そこに業平は度々訪ねていたところ、親王が出家して小野にお移りになった。そこで正月の雪の中を訪ねて行った、となっています。
親王が水無瀬におられるときは、業平は紀有常と一緒に訪ねています。親王は失意の中ではあっても、花見などをしたり、彼らとそれなりに楽しくお過ごしになっています。そのため、出家して雪深い山奥にいらっしゃったことで、業平は強い驚きと無念さを感じたものと思います。