見出し画像

古今集巻第十八 雑歌下 994番

題しらず
よみ人しらず
風ふけばおきつしらなみたつた山夜半にやきみがひとりこゆらむ

風吹けば沖つ白波竜田山、夜半(よは)にや君が一人越ゆらむ

ある人、この歌は、むかし大和国なりける人のむすめに、ある人住みわたりけり。この女おやもなくなりて、家もわるくなりゆくあひだに、この男河内国に人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆきけり。さりけれども、つらげなるけしきも見えで、河内へいくごとに、男の心のごとくにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなき間にこと心もやあるとうたがひて、月のおもしろかりける夜、河内へいくまねにて、せんざいのなかにかくれて見ければ、夜ふくるまで琴をかきならしつつ、うちなげきて、この歌をよみて寝にければ、これをききて、それより又外へもまからずなりにけり、となむいひ伝へたる

風が吹くと沖の白波が立つ、その立つという名前の竜田山を夜更けに君は一人で越えて帰って来るのでしょうか
ある人が言うには、この歌は昔、大和の国に住んでいた人の娘に、とある男が通い続け共に住んでていた。この女は親も亡くなって、家も貧しくなっていく間に、この男は河内の国に別の女が出来て通い、女からはだんだん心が離れるようになった。
そうであっても、女はつらい様子にも見えず、河内の女に会いに行くたびに、男の思い通りに支度をして送りだしたので、男は怪しいと思って、ひょっとして自分がいない間に別の男に心を寄せていることもあるかと疑った。
月の美しい夜に、河内へ行く振りをして、前栽の中に隠れて見ていると、女は夜が更けるまで琴をかき鳴らしながら嘆き泣いて、この歌を詠んで寝てしまった。この様子をみて、それ以来、又他の女の所へは行かなくなった、と言い伝えている。

長い左注が付いています。これは伊勢物語23段にでてきます。幼馴染みの男女が互いに想いあって大人になって夫婦になる、そこから後がこの古今集の内容です。この話は「筒井筒」として有名です。

「白波」は、泥棒、山賊の隠語でもあるので、「あんな危険なところを一人で越えて帰ってきてくれる」という心配も入っています。
「かれやうにのみなりゆく」は、「離れ様にのみ成り行く」で、「心が離れる状態にばかりなっていく」という意味です。

#古今集 , #雑歌下 , #沖つ白波 , #竜田山 , #夜半

応援してやろうということで、お気持ちをいただければ嬉しいです。もっと勉強したり、調べたりする糧にしたいと思います。