曾祖母のこと

我が子が産まれる2週間ほど前に、大正3年から105年を生きた曾祖母が亡くなりました。

戦争の中を祖父をおぶって生き抜き、80歳で曾祖父を見送り、100歳を迎えるまでボケることもなく、毎日着物を着て、読み書き、計算、お喋りも達者で、時にはダッシュ。食べることも好きな元気なひいおばあちゃんでした。

耳が遠くなってからも、みんなで話しているときは笑顔でウンウンと相槌を打ち、私や兄が遊びに行けば「大きくなったねえ、わけないねえ」とニコニコ。

自分が注目されるのは苦手なようで、100歳の年に市から取材依頼がきたのですが、拒否。親族で集ってお祝いをしようという話になれば、滅多に崩さない体調を崩し取り止めに。

いつも縁側にちょこんと座って庭を眺めたり、新聞を読んだりして、静かに穏やかに過ごしていました。

そんな曾祖母は自分がボケてしまう前にしっかりと終活をしていたようで。
遺言や身辺整理はもちろん、感服したのは最期に着る着物を用意していたことでした。
それも丁寧に、春夏・秋冬それぞれの着物と帯の組み合わせを準備していたのです。

戦後、曾祖父が荒巻整経の織布工場を立ち上げ生活を築いていたこともあり、曾祖母の私服は全て着物だったのですが、これには脱帽しました。

なので死化粧まで施した曾祖母の亡骸は本当にただ寝ているだけのような、元気な時と何ら変わりない綺麗な姿だったのです。

最期に何を着るか。
そこまで丁寧にこだわって生きて死んでいく。
いつも通りの、よく知った姿で静かに穏やかに横たわる曾祖母が、私の目には物凄くかっこよく美しく映ったのでした。

数十年後、同じように静かに美しく人生を終えられるように、私も今日を頑張って生きるよ。
安らかに。