「箸が陰部に刺さって死んだ」って、いったいどこに腰を下ろそうとしたんだ
ワケあって
「クピドとプシュケの物語」
が気になってる。現存するもっとも古い小説のひとつ、アプレイウスの『黄金の驢馬』(2世紀)に出てくるお話です。「見るなのタブー」が出てきます。
*
説話に出てくる「禁止→違反→発覚→罰」の流れは、しばしば結婚や恋愛などの男女間の問題として浮上することが多い。
ペローの「青ひげ」や木下順二の『夕鶴』、ラフカディオ・ハーンの「雪女」のように。
ウェールズ人ウォルター・マップ(1140-1210?)がラテン語で書いた
『宮廷人の閑話』のエドリクス・ヴィルデの話
がおもしろい。
『宮廷人の閑話』は、中世ヨーロッパ版『耳嚢』とでもいうべき奇聞集。
その第2部第12章で、ノルマン朝初代のイングランド王ウィリアム1世の御代(1066-1087)、ヘレフォードシャーは北レドベリーの領主・野生のエドリクスは、小姓とともに狩の帰りに夜の森で居酒屋のような建物に出くわす。
なかでは
多くの長身の貴婦人たちが舞踏会を開いていた。
いずれこの世のものではなかろうと知りつつも、なかのひとりに恋心をいだいた領主は、他の女たちの爪や歯で襲われながらも、小姓の協力も得てその女をさらうことに成功する。
女はエドリクスの愛を受け入れ、森で見たことを漏らさないなら健康と繁栄を手にするが、約束に背けばそれを失うと告げる。
約束を守ると誓って結婚したが、多くの歳月ののち、夜中3時に狩から戻って妻を呼ぶと、来るのが遅かったため、
と厭味を言ってしまったがために、妻は姿を消し二度と戻らず、領主は悲しみのうちに死ぬ。
説話に出てくる禁止でも、とくに「見るなのタブー」は、とりわけ男女間の問題として登場する傾向が強い。
オルペウス神話とよく似ているのが、712年に完成した
『古事記』におけるイザナミの冥界下り
だ。
上巻で出産で死んでしまった妻・伊弉冉を伊弉諾が黄泉国に訪ねたときの話。
〈私を見ないでください〉
という亡妻の禁止を伊弉諾は破り、蛆まみれの妻の姿を見て恐れる。
怒った妻は
伊弉諾は、桃の実や櫛などの魔法アイテムを使って、追手から逃げ切った。
「禁止→違反→発覚→罰→呪的逃走」の話だ。
『古事記』上巻では、その伊弉諾の玄孫・火遠理(山幸彦)と、伊弉諾・伊弉冉の孫にあたる豊玉毘売が結婚した。
豊玉毘売は出産にさいして
と言う。
しかし火遠理は覗き見して、妻の正体が鰐(と呼ばれる海の怪物)だったことが判明、豊玉毘売は子を夫に残して海に帰ってしまう。
豊玉毘売は海神の娘だから、これは人間が動物や超自然的存在と婚姻する、異類婚姻譚と考えられる。
逆に妻が、夫である神の姿を直視するパターンが、720年成立の
『日本書紀』にあるオオモノヌシノカミの正体
にかんする話。
孝霊天皇の皇女倭迹迹日百襲姫は火遠理の九代のちの子孫。
彼女と結婚した大物主神は夜にしかやってこない。
姫が明日の朝あなたの姿を見たいと言うと、神は明朝に櫛笥に入っているので驚かぬようにと言う。
姫が翌朝櫛笥を見ると、美しい小さな蛇が入っていたので叫びをあげる。
神は人の姿となり、
と言って空を舞い、御諸山(三輪山)に登る。
姫は山を仰いで悔いながら腰を下ろしたら、箸が陰部に刺さって死んだという。
いったいどこに腰を下ろそうとしたんだ……。
最後の例は「見るなのタブー」というより「驚くなのタブー」だが、それにしても伊弉諾、火遠理、倭迹迹日百襲姫命と、代々好奇心の強い一族ではある。
(この項以下に続きます)
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