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福音館文庫を全部読む。(1)幸田文ばりの圧倒的解像度 ローラ・インガルス・ワイルダー『大きな森の小さな家』

《インガルス一家の物語》第1巻『大きな森の小さな家』(1932。恩地三保子訳、福音館文庫)は、ローラ・インガルス・ワイルダー65歳のデビュー作で、自伝的な作品です。

例外的な多幸感

本作に登場するローラ・インガルスは5歳。つまり60年前、1870年代初頭の幼少期の記憶をもとに書かれた作品です。舞台はウィスコンシンの森。

このシリーズは以後、ヘヴィなリアリズムを纏っていくようになりますが、本作は例外的な多幸感に満ちています。
姉メアリイも、まだここでは健康そのもの。
ほのぼのとした気分で読みすすめることができるでしょう。冒頭の豚の屠殺・解体・加工の場面が気に障らなければ。

とにかく幼児も働きます。一所懸命に働く、それが鉄則。できることはなんでもやる。

木切れを集めたり、両親がやる肉の保存を手伝ったり。赤ちゃんのキャリーもいずれは労働戦線に駆り出されるでしょう。

冬の記述に多くを割く

そしてとにかく冬が厳しい。
本シリーズで四季のうち冬に割く字数はかなり大きいのではと感じます。

クリスマスにはいとこのピーター、アリス、エラがやってきます。ローラは布人形をもらいます。
冬の終わり、一家は祖父母の家に行き、砂糖楓の樹液を収穫してメープルシロップを作ります。
そのあとのダンスパーティの楽しそうなこと。年長の人々のヘアメイクやおめかしが麗しく記述されています。

むき出しの自然のなか、食物がめぐる

春には子牛が生まれ、牛乳を搾ってバターやチーズを作ります。

夏には庭や畑を作り、秋にかけて食料を育て、冬に備えて蓄えます。地域の農家どうし、労働力を提供しあって生活します。
父は鉄砲を手入れし、森で鹿を狩り、肉を燻製にします。蜂蜜を採集することもありました。しかし森には熊やピューマのような猛獣も出ます。
父はまた家庭ではヴァイオリンを弾く人でもあります。

本作の主題はたぶん「食物」。
玉蜀黍粉のパン、豆料理、スモークハムなどが、つぎからつぎへと登場します。

恐るべき解像度による幼年期回想

この幼年期回想の、とくに日々の家事の記述における圧倒的な解像度は、幸田文『みそっかす』(1951。岩波文庫)を思わせます。

あるいはまた、石井桃子『幼ものがたり』(1981。福音館文庫)のような時間感覚のとらえかたもあって、新鮮でした。

インガルス家の物語は、子どものころTVドラマもやってたのですが、ぜんぜん観てなかったんですよね。

この第1作を、歳をとって読んでみて、とにかく感心しました。幼年期を高い解像度の文章で回想するのは、限られた選ばれた人だけの能力なんです。
僕は選ばれなかった大多数の側の人間なので、こういう作品には素直に頭が下がります。

本作はシリーズ化されました。ワイルダーの第2作は『農場の少年』(1933。恩地三保子訳)ですが、福音館文庫ではそれは《インガルス一家の物語》の第5巻として収録されています。これはのちにローラの夫となるアルマンゾの少年時代を描いたものです。

福音館文庫で《インガルス一家の物語》第2巻となっているのは、シリーズ第3作『大きな森の小さな家』(1935。恩地三保子訳)です。

福音館文庫20周年!

2022年6月で、福音館文庫は創刊20周年になります。

おととし、岩波少年文庫創刊70周年を勝手に記念して「岩波少年文庫を全部読む。」シミルボンで始めた(去年からnoteに移行)僕としては、黙っていられません。

福音館書店では、福音館文庫20周年よりも大きな、創業70周年と《こどものとも》800号という節目の年だそうです。

記念企画のひとつ、東京子ども図書館共同企画復刊セット『いま、この本をふたたび子どもの手に!』(全8タイトル)がアツいです。僕も買いました。

福音館文庫20周年では、福音館書店さんはなにか企画があるわけではないみたいなんですよ。
じゃあ俺が!と思うのですが、すでに「岩波少年文庫を全部読む。」が週刊連載なので、こちらの「福音館文庫を全部読む。」は不定期掲載になりそうです。体力的な事情で。

福音館文庫って創業50周年記念事業として始まったのかな。
20歳おめでとうございます!

Laura Ingalls Wilder, Little House in the Big Woods (1932).
ガース・ウィリアムズ挿画、恩地三保子訳。巻末に「訳注」と編集部による「「インガルス一家の物語」について」を附す。
2002年6月20日刊行。

ローラ・エリザベス・インガルス・ワイルダー(Laura Elisabeth Ingalls Wilder) 1867年ウィスコンシン州ペピン近郊に生まれる。中西部諸方を遍歴、ダコタ準州デ・スメット(のちサウスダコタ州)で学校に通い、小学校教師となり、ついでミズーリ州マンスフィールドで農場を経営。その後コラムニスト、編集者として活躍しつつ農業融資協会に勤務。小説家・政治理論家となった娘ローズ・ワイルダー・レインの後押しで本書を刊行。ついで『農場の少年』(福音館書店)以下の続篇を刊行、『この楽しき日々』(岩波少年文庫)まで全8作を発表。1957年歿。歿後『わが家への道 ローラの旅日記』『はじめの四年間』(同前)が刊行された。

ガース・モンゴメリー・ウィリアムズ(Garth Montgomery Williams) 1912年ニューヨーク生まれ。ニュージャージー、カナダ、英国で育ち、ウェストミンスター美術学校を経て英国王立芸術大学院在学中、彫刻作品でローマ賞を受賞、ローマのブリティッシュスクールで学ぶ。帰国後、レンズ工場勤務を経てイラストレーターに。著書『しろいうさぎとくろいうさぎ』(福音館書店)、他の絵本にラッセル・ホーバン『おやすみなさいフランシス』(同)など。1996年歿。

恩地三保子 1917年東京生まれ。父は画家・恩地孝四郎。東京女子大学英文科卒卒業。訳書にクリスティ『満潮に乗って』(早川書房クリスティー文庫)、ディクスン『赤い鎧戸のかげで』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、オルコット『若草物語』(旺文社文庫)、ウェブスター『あしながおじさん』(偕成社文庫)など。1984年歿。

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