岩波少年文庫を全部読む。(12)なぜ分身は死んでしまうのか 宮澤賢治『銀河鉄道の夜』
カムパネルラの死
孤独なジョバンニ少年は、ある夜丘の上で〈銀河ステーション〉というアナウンスを耳にして、強い光のなかで〈銀河鉄道〉に乗っている自分を発見します。学校友だちのカムパネルラも同乗していました。
銀河鉄道のなかでさまざまな人々と出会い、別れ、ジョバンニとカムパネルラは〈ほんとうのみんなのさいわい〉をめざしてともに進んでいこうと誓います。しかしふたりは車窓に現れた石炭袋を見て恐ろしくなり、カムパネルラは姿を消してしまうのです。
丘の上で意識を取り戻したジョバンニが町を訪れると、子どもが水に落ちたという噂を耳にします。同級生よると、川に落ちたザネリを救ったカムパネルラが水中で行方不明になったそうです。
儚く悲劇的に退場する学校友だち
ロベルト・ムージルの『寄宿生テルレスの混乱』(1906。丘沢静也訳、光文社古典新訳文庫)にもあるように、文学における少年どうしの交情には、しばしば暴力や生命の危険が伴いました。
たしかに日本の古典文芸や西洋近代文学、また萩尾望都作品における理念化された交情にも、死はつきものでした。
トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』(1901。望月市恵訳、全3冊、岩波文庫)のハンノは、チフスで病死します。
エミール・シュトラウス『春の調べ 一つの生涯』(1902。国松孝二訳、角川文庫)のハイナーは拳銃自殺します。
ヘルマン・ヘッセの『デーミアン エーミール・シンクレールの少年時代の物語』(1919。酒寄進一訳、光文社古典新訳文庫)のエーミールは戦死します、もしくは重度の戦傷を負います。
同じくヘッセの『車輪の下で』(1905。松永美穂訳、光文社古典新訳文庫)のハンスも、そして本書の表題作である宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」のカムパネルラも、溺死します。
ミシェル・トゥルニエの『魔王』(1970。植田祐次訳、上下、みすず書房《Lettres》)のネストールはボイラー室の火事で窒息死します。
学校友だち仲よしコンビの片ほうは必ずといっていいほど儚く悲劇的に退場することになっているのです。
男の子ばかりですが、前回、「風の又三郎」との関連で触れた桜庭一樹の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet』(2004。角川文庫)の海野藻屑はその女子ヴァージョンでしょうか。
その意味では『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』は「風の又三郎」の構造に「銀河鉄道の夜」の結末を継いだものなのかもしれません。
アンデルセンの『即興詩人』における分身像
数々の例で、死の間接的な原因はじつは生き残ったほうの少年にある、とすら深読みできるケースがけっこうあります。
こうもこのパターンが多いと、仲よしコンビはじつはふたりでひとりの主人公で、学校小説とは古い自分を殺して新たな自我を手に入れる通過儀礼小説なのではないか、などと月並な俗流心理学的解釈をしてみたくなるのです。
どうしてこんな図式が見えてしまうでしょう。きっとアンデルセンの『即興詩人』(1835。大畑末吉訳、上下、岩波文庫)がルーツに違いない。
幼くして母を喪ったアントーニオは、庇護者を得てローマのイエズス会学園に学び、詩才を発揮。学園での親友ベルナルドはさっさと学校を辞めて政治の世界で出世していった。再会したふたりは人気絶頂の美少女歌姫アヌンツィアータをめぐって三角関係となり、手違いからとはいえアントーニオはベルナルドに瀕死の重傷を負わせ、都落ちするのだった。
形の上では女を争っていても、じっさいはプラクティカルで快活で社会的な「俺」を引きこもり系クリエイター気質の「俺」が象徴的に殺している。社会を捨てて文学に引きこもるぞ、という典型的な「芸術家vs.社会」の図式に当てはまりすぎて逆に嘘臭いくらい。
分身は兄弟でもある
この図式を文系から理系に置き換えると、ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』(1956。小尾芙佐訳、早川書房)になる、という話は、すでに書きました。
宮澤賢治作品のなかで「銀河鉄道の夜」と並んでこの展開が見られるのは、「ひかりの素足」(1923? 『宮沢賢治全集』第5巻所収、ちくま文庫)でしょう。
一郎と楢夫の二人兄弟が山を下る途中で遭難し、地獄と極楽をめぐり、一郎が雪のなかで目覚めると楢夫は微笑みながら息絶えています。
「銀河鉄道の夜」も切ないのですが、僕はこの「ひかりの素足」のことを考えると涙が出てしまいます。
本書収録作について
「やまなし」(1923)「オッペルとぞう」(原表記は「オツベルと象」)(1926)は『宮沢賢治全集』(ちくま文庫)では第8巻所収。
「貝の火」「カイロ団長」は『宮沢賢治全集』(ちくま文庫)では第5巻所収。
「なめとこ山のくま」(原表記は「なめとこ山の熊」)「銀河鉄道の夜」は『宮沢賢治全集』(ちくま文庫)では第7巻所収。
「雁の童子」は『宮沢賢治全集』(ちくま文庫)では第6巻所収。
2000年12月18日刊。
挿画=ささめやゆき。解説=秋山豊寛。
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