Coworking Europe 2023現地レポート
こんにちは!JCCOの青木です。
今回は2023年11/28-29に開催されたCoworking Europeのレポートをシェアします。今回で14回目を迎えるCoworking Europeの開催地はポルトガルのポルト。ポルトガル王国発祥の地であります。ポートワインやサッカーチームも有名です。
【まとめ】
今回のCoworking Europeを一言で表現すると、業界におけるこれまでの価値観の「答え合わせ」でした。統計的な分析や各登壇者が自身のスペースにおける実測値を元に、これまでコワーキングスペースで信じられてきた思想や考え方を確認する側面が強く、コワーキング業界が次のステージへ進んだ感覚を得ました。一方で定量化が難しいコミュニティの話題は従来と大きな変化がなく、業界全体の変革の中で出遅れているようです。結果の良し悪しは別として、コミュニティの成果を定量化するチャレンジが紹介されるとよかったと思います。
以降いくつかのポイントに分けて今回のCoworking Europeでのレポートを共有します。
ポイント①業界の「答え合わせ」
・コワーキングスペースが事業として継続可能なビジネスモデルとして定着
コロナを除くここ10年間でじわじわと利益の出るコワーキングスペースが増えてきました(コロナの期間を除く)。23年には利益の出るコワーキングスペースの割合が50%を超えました。また、収益化できているスペースについてはコロナ以前と比べて利益率も向上しています。
また、全体における開業1年未満のコワーキングスペースは減少トレンドにあります。コワーキングスペースという業態が利益を出せるものとなっており、ビジネスとして継続できていることが考えられます。さらに1事業者あたりの運営拠点数も増えていることからも、"ビジネスとして成立するコワーキングスペース"が支持されていると言えます。
従来はコワーキングスペースがビジネスとして成立するかどうかは様々な方面から期待、ときに皮肉を交えて見守られてきましたが継続可能性があるビジネスとして確立されたと見てよいでしょう。これらのデータの他にも収益性ごとの満室率や収益があがっているスペースの平均会員数のデータなどが紹介されていました。
コワーキングスペース自体の大規模化は引き続き増加。新たなトレンドとして複合施設化が進む
2,500㎡~5,000㎡級のスペースは引き続き増加傾向にあります。一方で2,500㎡級以上のスペースは開業時までに満室率を60%以上にすることがリスキーだという話も出ていました。現状についてはこれまで中規模拠点として紹介してきた2,500㎡級が安全圏のようです。今後人口規模に応じたスペースの適正サイズが出てくるでしょう。参考までに昨年中規模拠点として登壇していたWorkland社が6拠点(小規模拠点も混在する)展開するエストニア、タリン市の人口は45万人。日本では金沢市や尼崎市が同級です。
昨年の会場、B. Amsterdam(2万㎡級)に続きポルトではLionesa Business Hubという複合施設が現在の5万㎡から25年までに10万㎡へと拡張する計画があります。本施設は第四次産業革命の拠点を目指して設立され、47カ国以上の国から120以上の企業、7,000人以上が活動しています。25年に開業を目指すエリアではコワーキングスペースの床面積が現在の倍になり、企業や大学に所属する人達向けの住居、スポーツ施設やホテル、商業施設が開業されます。コワーキングスペースの近くで住居ビジネスを展開する動きはこれまでも散見されましたが規模が大きく異なります。ワークスペース、そこに集積される産業を中心とした街づくりが今後もなされていくと見ています。先述のて"適切なワークスペースのサイズ"と同様にコワーキングスペースビジネスとしての適正サイズと、産業を育むために必要なサイズ(どちらも利用者数に影響する)は今後模索されていく指標と考えています。
サブリースに関する考え方について、日本と世界で大きく異なる
米weworkの経営破綻について日本では性急なサブリーシングに待ったをかける記事が出たり、私自身もそのような考えを持ってたりしました。一方で現地では"サブリーシングは取りに行くべきリスクだ"という話が出ました。要因として次の2つが挙げられます。
要因①売上規模の違い
日本では売上規模が小さく低リスク、低リターンの思考に陥りがちです。利用料が無料だったり、高収益なプランが用意されていなかったりすることが原因です。一方で世界では売上規模が大きいため多少高リスクでも高リターンを見込んだ姿勢となります。
要因②リスクを検討する際の情報の違い
日本ではリスクを正しく評価するだけの統計的なデータがなく、リスクを正当に評価して判断することができない状況にあります。一方で世界ではリスクを正しく評価するだけの統計的なデータがあり、正しくリスクを取ることができます。
特に要因②が大きいと私は考えています。気質としてリスクを取る、取らないという話ではなく、リスクを取るに足る情報の質と量の違いが最大の差でしょう。特に新たにコワーキングスペース事業を展開する事業者はどこの誰が発信する情報にアクセスすれば良いかが不明瞭で小さくはじめがちであるように見えます。しかし、小さく始めると実は収益性を出すことが難しく、コワーキングスペース事業に本腰が入らない、というジレンマがあります。
ワークスペース利用料は物価高の煽りを受けて値上げにシフト
ヨーロッパでは長引くロシアのウクライナ侵攻によりエネルギー価格が高騰しており、全体的にインフレーションが起こっています。その中で運営コストの増大から、利用料への価格転嫁を行うことについてのセッションがありました。セッションでは価格転嫁を行わざるを得ない状況について語られ、日頃構築していたコミュニティが利用者の値上げに対する理解を深めることに役立ったという話題が出ました。また、エネルギー価格の高騰に加えてコロナが落ち着いてきたこと、中規模拠点の躍進によって賃料負担が大きくなっていることが物価高騰の煽りを受けやすい状況を作っています。ちなみにdeskmag社の調査ではコワーキングスペース運営者の悩み第二位として不動産価格や賃料の高さが挙げられています。
コワーキングスペース最大の悩みは新規顧客獲得
deskmag社のレポートによると、コワーキングスペース最大の悩みは新規顧客獲得です。効果的な施策として第2位にコミュニティ構築が挙げられていることは注目に値するでしょう。というのも、利用者がオフィスを選ぶ基準として出る調査では第一位が24時間365日のアクセスであり、コミュニティは上位に挙がってくることはありません。一方で本調査ではコミュニティ構築やSNS投稿といった項目が挙げられています。利用者の求める条件に合致する、という段階をクリアすればスペースの雰囲気をよく理解してもらうことが新規顧客獲得に繋がるということでしょう。
下部に収益が出ているコワーキングスペースについて拠点数や人口規模との関係が示されています。この結果を鵜呑みにするのは危険です。なぜなら拠点数や人口規模、複数拠点を展開可能な事業者そのものやターゲットとする顧客属性の違いなどが複雑な疑似相関を起こしていると考えられるからです(複数拠点を持つスペースは規模が大きくターゲット顧客が中小企業であることに対し、1拠点のスペースは小規模でターゲットが個人である可能性があるなど)。
ドロップインはやる?やらない?
ドロップインのありやなしやは日本でも関心が高く、ヨーロッパでも同様のようです。セッションでは新しい人との接点作りとしてドロップインが必要だという話や、ドロップインを受け入れるためのコスト(受付での応対や利用に関するツアーの実施)が負担になっており、1日利用や回数券など単価の高いプランに絞ることでコストを回収しているといった話が出ました。
また、デジタルノマドのように数日~数ヶ月単位で移動することが前提の利用者に対しても話題が及びました。彼らを受け入れることはビジネスチャンスとは捉えつつ、コミュニティへの組み込みについて課題感を示すなど個々で向き合い方が異なるようです。特にブティックコワーキングではありませんがコミュニティに参加するのではなく”コミュニティを消費者として楽しむ”ノマドワーカーの存在や彼らのSNSでの拡散力の高さから、自身のスペース、コミュニティが”ブティック化”してしまうのではないかと考える事業者もいました。"景色の良い場所で仕事をする"、"いつ行っても歓迎してもらえる"といった高すぎる期待を抱かれることを避けたいようです。私としては端的にコストと収益の面で検討するのが良いと考えています。
ブティックコワーキングの台頭
各都市のフラッグシップ級のビルにあり、豪華な設備やサービスで彩られるスペースが多少の皮肉を込めて”ブティックコワーキング”と呼ばれていたので紹介します。ブティックコワーキングという言葉自体は初めて耳にしましたが、23年夏に私がシドニーで見てきたスペースのことでした。高い賃料に見合う最高級のロケーション・設備、イベント、ドリンク、ジムやゴルフシュミレーターまで用意し、果ては会議でお客様を招く際のお菓子まで用意してあります。そんなラグジュアリーなサービスが受けられること、そしてコミュニティさえも一つの演出物で扱うかのような状態を指して”ブティック”と呼んでいます。言い得て妙な表現だと感じます。現地では「なんだか気に食わない」という温度感で話す人が多かったものの、一歩引いた目で見ると企業にとっては従業員に対して非常に高いレベルの福利厚生(正直一度入居したら別の場所では働けないと思う)を提供していることや、コミュニティは利用者が求めるようにやれば良いだけなので”そういうスペースもある”くらいに留めておくのが良いかと思います。こういったブティックコワーキングでは高い能力やキャリアを持つコミュニティマネージャーが求められており、市場価値の高いコミュニティマネージャーの定義を牽引していくかもしれません。
ポイント②コミュニティの必要性や重要度は再確認されるも定量化に課題あり
コミュニティについては昨年よりも熱量あるトピックではなくなっている印象がありました。冒頭でも言及しましたが、コワーキングスペースに関するある種の思想や願いがデータとなって見える化され、答え合わせができていることに対してコミュニティの成果が見える化されていないことが原因と見ています。Coworking Europe外のプログラムでコミュニティマネージャーの合宿が開催されたそうだが参加者数も1ケタ台だったということでした。プログラムの運営者がどのようなコミュニティを構築してきたか、している
かで自分がプログラムを受けるべきか否かを判断しているようです。
日本もですが、ヨーロッパにおいてもコミュニティについては事例説明で終始することが多いです。”コミュニティって良いよね”、”ウチではこんなコミュニティがある”、”それいいねー”という流れが毎度繰り返されており、教える側も含めて再現可能な状態になっていないことが原因と考えます。少なくともコミュニティマネジメントを教わる側、また教わる人をプログラムに送り出す意思決定を行う上司が納得できる形でコミュニティマネジメントというスキルを提供できていないことがわかります。
一方でコミュニティマネージャーの業務は分析されています。特に利益が出ているスペースにおいて人口100万人までの都市ではコミュニティ・ホスピタリティマネジメントの業務が全体の業務量の3割以上にのぼること、人口が多くなるに連れてビジネスディベロップメントのスキルやセールスに関するスキルを発揮することは注目に値します。入居企業への事業支援がアップセル施策に繋がっていることがここからも読み取れます。セールス活動については人口規模でしか表現されていませんが規模と正の相関関係があるとするならば利用者の企業規模が影響しているかもしれません。個人事業主であれば意思決定者は1名で済みますが、規模の大きな企業となると説明コストがそれなりに重くなってくるためでしょう。
③ヨーロッパのコワーキング業界からの示唆
注目すべきは"隣のチャレンジから学び、自分のチャレンジをシェアする"姿勢
今回のCoworking Europeではweworkのサブリーシングの件を含めて"隣のチャレンジから学び、自分のチャレンジをシェアする"という姿勢でした。これまで記述してきた数字の話などは触れにくいことでもありますが、多少のぼやかしはあれどセッション中のお話しで何度も出てきました。少なくとも自社の数字的な状況を把握し、シェアできる準備を整えていたことがわかります。また、先日Coworking Europeの各セッションを録音したプレイリストが公開されました。€460で販売されており、これはCoworking Europeに現地参加する費用に匹敵します(3番目の早割くらいの値段)。こういった点からもチャレンジを自らシェアし、シェアしてもらいながら進んでいくヨーロッパから学ぶことが多いように考えています。
コワーキングスペースのビジネスは床面積と会員数、そして両方を接続するコミュニティが大事
今回出された定量的データによりコワーキングスペースのビジネスの安定性は床面積が重要であることが浮き彫りになりました。特にコロナを経て500㎡級、1,000㎡級、1,000㎡超級では大きくなればなるほどビジネスとしての安定性が出ることが示唆されました。また、新規顧客の流入を図るためにコミュニティを構築することの重要性が再確認されました。これまで思想としては語られてきましたが、実際のデータとして"答え合わせ"ができたといっていいでしょう。24年、25年に向けて日本でも大規模なワークスペースがどんどんオープンしていく計画があります。日本でも大規模なワークスペースが成功する様子を注視したいと考えています。
日本がプレゼンスを発揮するのは"コミュニティを科学すること"
先述したようにコワーキングスペースをビジネスとして捉えた際に定量的なデータで答え合わせがなされたことに対してコミュニティはまだ定量化が進められていない様子でした。コミュニティ業界全体が定量化されていないかといえばそうではありません。コミュニティマーケティングやユーザーコミュニティの世界ではそのビジネスインパクトについて定量的分析が10年以上も繰り広げられています。一方でワークスペースコミュニティについてはサンプル数が少ないこと(数千人のユーザーを抱えるワークスペースコミュニティは一握りしか存在しない)から統計データと熟練のコミュニティマネージャーの感覚の両輪が必要となります。日本ではヨーロッパに比べてもコミュニティの関心がとにかく高いと感じておりこの分野では日本がイニシアチブを取れると考えています。イニシアチブを取ることそのものは目的とはなりませんが、"隣のチャレンジから学ぶ"上では自身のチャレンジをシェアした際に相手にとって有益である必要があります。コミュニティについての深い解像度でグローバルなワークスペースコミュニティに貢献することは価値があると考えます。
日本のオープンイノベーションも有料化してみては?
日本のオープンイノベーションスペースは無料であることが前提となっています。しかし、無料であることがオープンイノベーションの上で重要なことか疑問が湧いています。Station FもPlug and Playも、先般に写真で登場したUPTECにおいても利用料が設定されています。特定のプログラムで無料で使える期間が設定されていたとしても、基本的には有料が前提です。日本と諸外国では要求されるセキュリティレベルに大きな隔たりがあり、諸外国において無料でのワークスペース提供が難しいことは間違いありません。しかしこの"無料"、あるいは"必要以上の廉価"がコミュニティマネジメントのハードルを高くしたり、自身の事業継続性を困難にしているように見えます。そして諸外国のオープンイノベーションスペースを見れば見るほど、"不動産ビジネス"という基点から外れていないように見えます。日本に輸入される前にそこの観点が抜け落ちていることが気になる点です。
※deskmag社のグラフについてはCC BY-NC-SA 4.0 DEEDにて権利が主張されています。
※deskmag社資料についての利用許諾です。
あとがき
Coworking Europeは今年で2回目でした。昨年と比べて、"1年でここまでついていけなくなるか"、と思うほど話題の中心が変わったり、解像度が高くなったりしていました。一重に英語圏であることやシェアしている情報の質が非常に高い、率直にいえば経営に関する重要情報をシェアしていることが見受けられました。よくわかるコワーキングスペース開業・運営の教科書内で星野さんや中野さんがシェアしているような情報は大変貴重であり、サンプル数を増やしていく必要があると考えます。
また、少し脇道に逸れると"コミュニティへの貢献"は色々な形がありました。例えば昨年「Coworking Europeは金の話ばかりになってしまった。もう来年は行かないかもしれない」と言っていたウィーンで緑がいっぱいのワークスペースを運営するマイク。私が会場へ向かっていたところ「おぉ!ユウタじゃないか!!超久しぶり!!」ということでハグ。青木的にはあれー、今年もマイク来たんだ、と思っていたのですがなんと彼はスピーカーとして”あなたのコワーキングを植物園にする方法。植物がどのように職場を最高に楽しくクリエイティブな空間にしてくれるのか(しないこともある)”というセッションに登壇していました。マイクの植物に対する愛のあまり、数多くのセッションで一番盛り上がりました。てっぺんは「植物を枯らす最大原因は水の上げ過ぎだ。皆の愛が植物を枯らしてしまうんだ!」というところでした。
更に私がネットワーキングパーティーで踊っていた動画を話題にしていただきました。次の写真はオフィシャルカメラマンに撮影いただいたものですが、最初は一人でした。しかしフォロワーシップの有名な動画のように、最終的に大盛りあがりしたわけです。
翌日はセッションに参加できないほど多くの人に声をかけていただいたのですが、これも"コミュニティへの貢献"の一つだったように思います。学ぶことが多いヨーロッパエリアのセッションでこちらができるささやかなgiveでした。
Coworking Europe主催のYJはCoworkig Europeを始めた際、コワーキングスペースの利用者だったそうです。コワーキングスペースの黎明期、運営者が自分でPDCAを回さなければならなかったところを学び合う形にしたのがYJでした。だからこそ、"植物の育て方"のような面白いセッションが出てくるのかもしれないね、なんてお話しをしていました。
最後に、ポルトまでの旅、そしてポルトでの旅をサポート(飛行機遅延とイスタンブール旅行、ゲート前で青木だけ飛行機乗り遅れる、空港でロストバゲージ助けてもらう、ジョゼのお家訪問、現地でディナーに招待してもらう)してくれたジョゼ一家に最大級の感謝を!