鎮丸~妖狐乱舞~ ⑪
今夜も蓉子と男のやり取りは続いている。
だが、今夜はいつもと成り行きが違った。
蓉子がスマホを開く。
既に男の書き込みがしてあった。
「インチキ霊能師」
「引っ掛かる馬鹿女」
「もう誰も味方はいない」
「俺は皇帝」
「男も女も地獄送り」
「ハシタメの一人」
「妻と母への生け贄」
これらの書き込みが誰相手ともなく飛び飛びに書いてある。
蓉子は驚愕した。
「何よ、この書き込み!?」
もはや自分へのメッセージだと微塵も疑わなかった。
「わ…私が馬鹿女?ハシタメ?妻と母への生け贄!?人をなんだと思ってんの?」
即座に打ち込む。
「→666 あなた、自分を何様だと思ってんの?皇帝?この馬鹿!おまえなんて死んでしまえ!死ね死ね死ね!いや、殺してやる!」
マンションの一室で男がほくそ笑む。
「くっくっくっ…かかりやがった!」
男は続けて書いた。今度ははっきりと相手が分かるように。
「あなたの書き込みは明らかに私に対する誹謗中傷です。」
「スクリーンショットを保存しました。」
「これからIPアドレスを調べます。」
「プロバイダに情報開示請求をして、あなたの身元が分かったら、告訴いたします。」
実際この男はハッキング技術に長けていた。情報開示請求などしなくても、相手がライブハウスで会った蓉子だと知っている。それ以前に、この男はモニターで見る字面から、蓉子の気を読み取っているのだ。
続けて書いた。
「慰謝料を請求いたします。追って内容証明郵便が届きます。よろしくご対応下さい。」
蓉子は青ざめた。
誰かに相談しなきゃ。弁護士?そんなお金ないよ。あぁ、神永さんに相談したい。でもあんなひどいことしたし、ヒーリングサロンはもう行けないし。
蓉子は男の言葉通り、孤独を感じた。
午前二時、鎮丸は新宿のとあるマンション前の公園にいた。夏も近い。しかし夜中はまだうっすらと寒い。
「わしもよくやるよ。こんな探偵ごっこみたいなこと。」
もう二時間ほど張り込んでいる。
2Fの端のドアが開いた。鎮丸が駆けつける。
階段下で鉢合わせをした。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが。」
顔の青白い男はたじろぐことなく、
「ふん、この前の腰抜けジジイじゃねぇか。」と言った。
「やっぱりお前が人間態か?他の二匹はどうした?」鎮丸が聞く。
「覚えてやがったか?お袋とあいつはな、まだ依り代になる人間が見つからねぇんだ。」
(それで動かなかったのか。)
「悪いが除霊させてもらうぞ!」鎮丸は音叉を構えた。
「ふっ…除霊?馬鹿かおまえ!俺はこの男を依り代として憑依している訳じゃない!この人間は我が分け御霊!!」
男の瞳が青と赤に妖しく光る。
「お前もわが下僕としてくれようぞ!」
左目から赤い光が出て、鎮丸を襲う。咄嗟に鎮丸は音叉に気を集中してそれを弾いた。
「不動明王がいなけりゃ、無能なジジイだと思ってたが、少しは心得があるようだな。」
鎮丸は今度は右手に渾身の気を集めた。
「ほぅ、だがお前と遊んでる暇はない。この前のように不動明王に邪魔されても困るしな。」
男は驚異的な跳躍力で、5階建てのマンションの屋上に飛び上がった。
鎮丸は追わなかった。
おそらくこの右手の気程度では倒せまい。
焦ることはない。奴のいる世界はもう分かっている。
決着をつける日は近い。
(to be continued)