鎮丸~妖狐乱舞~ ④
果たして件の男性はまた、サロンにやって来た。あれから1週間ほど経ったが、体調が元に戻ってしまったのだという。
鎮丸は予想はしていたものの、手立ては今のところない。
また葉猫が生き霊を弾いて、一時的に除霊をした。
鎮丸は正直に打ち明けた。
「あのね、お客さん。あんたに憑いてるの生き霊なんだ。生き霊は祓えない。何度でも戻ってくるんだよ。」
若い男性は、
「僕は…僕はどうしたら…なんとか生き霊が来ないようにはできないんですか?」と俯いて言った。
葉猫が
「なんとかしてあげたいけどね。しばらくは定期的に通ってもらうしかないわね。」と答える。
「生き霊って…やっぱり別れた彼女なんですか?」
鎮丸は「結構恨まれてるね。もしかして酷い振り方をしたんじゃないの?」とずけずけと聞いた。
「そうじゃないんです…」若い男性は震える声で言ったが、それ以上は続けようとしなかった。
次回の予約を取り、若い男性は帰っていった。
「かわいそうにね。なんとか出来ないかな。」葉猫が溜息交じりに言う。
「そもそもどんな経緯なんで?」鎮丸は本人に聞くべきところを葉猫に聞いた。
鎮丸の施術中に、葉猫はただ見ていた訳ではない。今回の経緯について霊査していたのである。
「うーん、これただの恋愛のいざこざじゃないの。別れた彼女は獣筋の人なの。」
「け…獣筋!」鎮丸は心底驚いた。
「じゃ、女の子の家系は飯綱使いか、狐使いかい?」
「それは分からない。」葉猫が冷静に答える。
「生き霊だってだけでやれやれなのに、獣筋!やってられませんや!」鎮丸は口を尖らせて言った。
「確かに一筋縄じゃいかないわね…。」
葉猫も思案顔である。
二人は自宅マンションに戻った。
小さな女の子が出迎える。
「お父ちゃん、お母ちゃん、おかえり。」
この子は実の子供ではない。歳も娘というより孫の年齢だ。それでも実の父母のように慕ってくれる。
二人は目に入れても痛くないような可愛がりようだった。
「おぅーただいま、ただいま。寂しくなかったか?大好きなクッキー買って来たぞ!」鎮丸が相好を崩し、頭をなでながら言う。ただの好々爺だ。
「あなた、ご飯前よ!」葉猫がきつい口調で言う。「あぁ、すまんすまん。ご飯食べたら一緒に食べような。おやつだ。」
「うん!」女の子は嬉しそうに言うと、戸棚にクッキーをしまった。
その晩、鎮丸は夢を見た。恐ろしい夢だった。空は薄緑色に微かに光っている。荒涼たる大地。手前には森が、向こうには山々が見える。歪んだ空間の中で若い女が蛇を操って、昼間の若い男性の体を絞り上げている。
「おい!やめろ!」
鎮丸の声は女には届いていない。全くの無表情だ。その時にどこからともなく笑い声が響いた。女の背後に白狐の姿が大きく覆いかぶさっている。
「てめぇも殺してやる!俺は皇帝だぁー!ひゃあっはははー!」狂気を帯びた目。
「なんだこいつ?妖狐か?」鎮丸が眉をひそめる。
鎮丸はその時、似たような気配を後二つ感じた。妖狐は1体ではなく3体。他に年老いた大きな雌、雄と同じ大きさの若い雌だ。
「こいつらが、黒幕か?ちょっと分が悪いぜ。こちらも応援を呼ぶか…。」
ノウマク サンマンダ バザラダン センダーマーカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!
不動明王真言である。鎮丸の守護仏は不動明王なのだ。これで一安心だ。
しかし、夢の中の不動明王は意外なことを言った。「鎮丸、おまえが祓え!」
鎮丸は「え?そんな無理ですよ。こんな化け物達!!」
「女を救いたくはないのか?それにお前にはその方法が分かっているはずだ。」
雄の妖狐が火球を吐いた。
「うわっちちち……こんなもの相手にどうやって…」不動明王は黙している。
「お不動様、お助け下さい。」
「………」相変わらず黙している。
鎮丸は夢の中で音叉を出した。
不動明王は口を開いた。
「そんなものがなんになる!過去生を思い出せ!己の術を!」
(to be continued)