鎮丸~天狗舞ふ~ ⑨
烏天狗が大天狗に報告する。
「この者が気を失った時に、我らが神聖なる場所に入らぬよう諭したのですが…。」
大天狗は何事かを考える様子でそれを聞いていた。
その時、座の中央の一際大きな存在が口を開いた。腹に響く大音声である。しかし、どこか声の響きに歪みがある。
「ふふふ…駒よ、捨て置け。お前の末であろう。わしが呼んだのだ。」
駒と呼ばれた大天狗は、怪訝な表情で見上げた。
駒は考えていた。この皆から僧正と崇められている巨大な天狗、いつからか波動が以前と微妙に変わってしまっている。
しかし天狗達の集団において僧正の権力は絶大だ。あらがう術はない。
駒も疑問を抱きながら、つき従っていた。
今回、僧正は自分の子孫を敢えてここに呼んだ。何を企んでいるのだろう。
心とは裏腹に駒は「はっ。」と一言返答し、その場に控えた。
僧正は、舞子に話し掛けた。
「娘よ。お前は我らの縁に連なるもの。それが証拠に背中に羽が生えているであろう。」
背中に羽?何を言っているのだろう。羽など勿論、生えてはいない。
しかし、さっき転んだ際に、背中の何かを鷲づかみにされ、後ろに引っ張られる感覚はあった。
僧正は続ける。
「お前にこの駒を補佐させるべくここに呼んだのだ。しかし、少しばかり薹が立っておるようだ。お前には娘がいたな。今日はこのままお前を人界へ帰す。いずれ娘を連れて来よ!」
舞子は気が付くと摂社の前に倒れていた。
山伏の一団が法螺貝を吹き鳴らしながら、目の前を歩いて行く。
そのうちの一人だけ「大丈夫ですか?気分が悪くなったのですか?」と隊列から離れ、顔を覗き込んで来る。
舞子は「いいえ、ちょっと立ちくらみがしただけです。ご心配なく。」と答えた。
「お気を付けて…。」その山伏はそう言うと、列に戻って行った。
舞子は、(後味の悪い夢を見た。自分の先祖が天狗になっているなんて。しかもあの巨大な天狗。翔子を連れて来いと言っていたようだけど…。)と夢の内容をなぞった。
舞子は立ち上がろうとしたが、「痛っ!」
転んだ際に腰を打ったようだ。
頭と肩も重たい。ひどく陰鬱な気分だ。
痛みをこらえながら、山門まで歩き、そこから八王子の自宅までタクシーに乗った。
半ば朦朧とした頭で、自宅についた舞子は、ポストを開け、郵便物を取り出した。
郵便物の中に一枚のチラシがあった。
「新宿のヒーリングサロン?」
明日、行ってみようかしら…。
ぼんやりとそう考えていた。
(to be continued)