鎮丸~天狗舞ふ~ ③
鎮丸と晴屋は登山口にいた。
平日の朝である。人影もまばらだ。
山門をくぐり、これから舗装されていない道をしばらく歩くことになる。
いくつかルートがあるが、二人は一番平坦な道を選んだ。
しかし、「あぁ…晴屋君、もうちょっと待ってくれ。」途中で鎮丸が音を上げる。
「分かりました。先生のペースに合わせます。」晴屋は思いやりに溢れた青年だ。
しばらく粗い呼吸をした後、鎮丸は「ありがとう。…でも、もう心配ご無用。」と切れ切れに言った。
鎮丸は立ったまま息吹長世で調息した後、
「仕方ない、奥の手を使うことにするわい。」と言い、左右の足を合わせて鳴らしながら「韋駄天足!」と叫んだ。
「晴屋君、いくぞ。」と言うやいなや、まるで岩場などないかのように、斜面を登っていく。
これには晴屋も面食らった。
「え?先生?いったい何がどうなって…。」
我に帰り、鎮丸を追いかけるが、親子ほど歳の違う鎮丸の足に何故か追いつけない。
今度は晴屋が息を切らす番だった。
薬王院の入り口に着いた二人は、一息つくべく、開店したばかりの蕎麦屋に入った。
山菜蕎麦を二杯注文する。
蕎麦を待つ間、二人はまた息吹長世を行った。調息が終わった晴屋が切り出す。
「先生、ここに来たのは、娘さんでなく、お母さんの因縁を調べるためですね?」
鎮丸は「さすが晴屋君、鋭いな!」と笑いながら答えた。
初夏だが午前中のこと、まだ山の朝は寒い。
温かい蕎麦を啜り終わった二人は薬王院に向かった。極彩色の門が異世界へと誘う。
門をくぐると右手に天狗の石像があった。
鎮丸は手をかざし、気を確かめると、「やはりな…瘴気などない…。」と言った。
晴屋も霊査する。サロンで翔子から微かに感じた気はない。
二人とも大天狗の像を調べるのはそれきりにして、何故か本殿に参拝せずに摂社の方へ回る。
晴屋が質問する。
「先生、本殿には参拝しないのですか?」
振り返りながら鎮丸は、「今回はな、お忍びで来たのさ。」と答えた。
摂社の前で鎮丸は真言を唱える。
閂が外れ、小さな祠の扉が開いた。
「せ…先生。そんなことをしては…。」
鎮丸は時々、何につけ常識的な晴屋には理解出来ないことをやってのける。
扉の奥は朝日が射し込んでいるというのに真っ暗だ。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか。」鎮丸が言うと、晴屋は「へ…蛇はもう勘弁して下さい!」と及び腰になる。
その時、一天、俄にかき曇り、空に雷鳴が轟いた。
「うわぁ!天罰だ!」晴屋はそう言い、雨を避けるため、本殿の方へと駆けだした。
だが、どこからともなく低い笑い声が聞こえて来たかと思うまもなく、突風が晴屋の体を持ち上げた。
晴屋はそのまま本殿の石段に叩きつけられた。
(to be continued)
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