鎮丸~天狗舞ふ~ ⑥
鎮丸、晴屋の二人は下北沢にいた。
晴屋が出張ヒーリングに同行するのは、初めてのことだ。
鎮丸は出張治療のクライアントにそろそろ晴屋の顔を覚えて欲しかった。行く行くは自分の後継者にしたかったからだ。
だが、晴屋の頭の中は実家の寺の復興でいっぱいのようだ。
晴屋は覚えがいい。まるで甕の水を隣の甕に移すかのごとく技術を覚えていった。鎮丸はそれが頼もしくもあり、嬉しくもあった。しかしそんなことはおくびにも出さない。
鎮丸は晴屋と歩きながら、天狗について考えていた。
巷間、よく言われるように天狗とは増上慢の象徴だ。また、験力のみを追求し、堕落した僧が成り果てる姿とも言われている。
鎮丸は兄弟子達の堕落と能力の喪失をいやというほど目の当たりにしてきた。
人間としての欲を追求することに何ら問題はない。術者、ヒーラー、音叉治療師どれも聖人君子である必要はないのだ。
「煩悩か…。」と呟く。
晴屋が「煩悩ですか?先生もそんなもの、あるんですか?」と聞く。
鎮丸は「ばか、当たり前だろう!それがなきゃ、人間やってられねぇよ!」と半分笑いながら答える。
二人はある店の前を通りかかった。
シャッターに天狗の絵が描いてあり、豪快に剣を振るっている。
晴屋が「あっ!まるで煩悩を断ちきろうとしてるかのような…。」と言った瞬間、「危ない!」鎮丸が晴屋の頭を押さえ、咄嗟に伏せた。
なんと絵に描いてある剣が飛び出すかのように二人の首筋に迫ったのだ。
それを辛うじてかわした後、二人とも瞬間的に後ろに飛び退いた。
手には既に音叉が握られている。晴屋もだ。自分専用のものが与えられたばかりだ。
絵に描いた天狗の目に赤い光が明滅し、やがてそれは大きくなり、二人を包んだ。
次の瞬間、鎮丸と晴屋は見知らぬ洞窟の中にいた。
そこには三十体を超える烏天狗や大天狗、そしてその輪の中心に一際大きく、威厳のある天狗がいた。
二人はその光景に圧倒されたが、大天狗の一人があちらから話しかけてきた。
「この前はうまうまと逃げおおせたようだが、今日はそうはいかんぞ。」
鎮丸は「この前の奴か!先日の続きという訳か?」そう言い、念珠を取り出して音叉をそれに打ち付けようとした瞬間、
「やめよ!」中央に座る一際大きな天狗が一喝した。
腹に響く大音声である。しかしその声の波動には威厳とともにわずかな歪みがあった。
続けて、「控えよ!駒!」と言った。
どうやらそれが鎮丸達と渡り合った天狗の名前らしい。
駒は答えた。「失礼いたしました。御意のままに。」言いながらその場にひざまずいた。
(to be continued)