鎮丸~妖狐乱舞~ ⑭
「前世?術?!」
鎮丸の脳裡に刀印を振るような手の動き、そして行く先々を露払いしてくれるような存在のことがフラッシュバックした。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
早九字も間に合わない。心の中で呪だけ唱える。九字は修験の法であるが、陰陽師も使う。陰陽師?鎮丸は頭で反芻した。
轟音を立て、火球が鎮丸を直撃する。
火柱と土煙が薄緑色の空に舞い上がる。
「ふっ……たわいもない!」
禿が勝利を確信した時、収まった土煙の中に人影があった。
左手で刀印を結んでいる。
静かな佇まいである。
先程までの初老の男の姿はそこになかった。
もはや破れた背広は着ていない。
烏帽子に白装束である。
明らかに年齢が若返っている。
どう見ても30代だ。
鎮丸は静かに言った。
「制託迦、矜羯羅。戻れ。」
童子達は東天に去って行った。
禿が吠える。「何の術だ?虚仮威しか?」
「……。」鎮丸は答えない。
鎮丸は刀印で五芒星を描いた。
五芒星は光りながら大きくなり、禿を包む。
「な?何をした?」禿は虚を突かれ、そのまま五芒星の中心に閉じ込められた。
鎮丸は呪符を二枚、懐から取り出し、書いてある文字を刀印でなぞった。
「御前、采女を封じよ。」
呪符は消えて無くなった。
「式よ。采女のもとから緑川蓉子を救い出せ。急急如律令。」子鬼のような存在が2匹、鎮丸の足元に馳せ参じたかと思うや否や、風のように消え去った。
次に、五芒星に封じられて宙に浮かぶ禿に刀印を向け、「禿、魔界へ堕ちよ。」と呪をかけた。
大地に丸い穴が開き、断末魔と共に禿は魔界へ堕ちて行った。
決着はついたかに見えた。
その時、邪眼がまた空に浮かんだ。
「私の命はどうなっても構いません。どうか、どうか息子だけは…。」
鎮丸はそれには答えず、目を瞑り、不動明王に話し掛けた。
(妖の者と云えど、親子の情愛はあります。今一度、改心の機会をお与え下さい。)
「良かろう。ただし、これを見よ!」
不動明王は禿の人間界での悪行の全てを見せた。強姦、詐欺、恐喝、覚醒剤、人間である禿は正しく悪だった。
鎮丸は静かに言った。
「善人なおもて往生せん。ましてや悪人においてをや。お慈悲を。」
不動明王が俱利伽羅剣で大地を割ると、禿が飛び上がってきた。
五芒星の呪縛から解かれた禿は、息を荒くし、「母上!余計なことをするなとあれ程言ったろう!」と唸った。
鎮丸に向かい「つくづく馬鹿な男だ。自分の術に溺れたか。」と言う。
そして「我はこれからも未来永劫生きながらえ、世の大魔縁となろうぞ。」と吠えた。
「お前らは消え去れい!」またも火球を吐いた。
「無明!」不動明王は一言いうと迦楼羅炎で火球を打ち消し、同時に索で縛った。そして再び俱利伽羅剣で大地を割ると、地獄の業火の中に、禿を投げ入れた。
その時、夢で聞いた女性の声が響いた。
「うわー、すごい。お不動様、無間地獄に落としちゃうのね。痺れるわー。」
鎮丸が誰何する。
「どなたですか。」
声は答える。
「あら、やだあたしのこと知ってるでしょ?」
葉猫の声にも似てはいるが、言葉遣いが全く違う。声は続ける。
「あたしね、今、とっても果物が食べたいの。後で持ってきてくれる?」
それっきり声は聞こえなくなった。
(to be continued)