質問箱034:歴史漫画と創作部分
※Twitterの質問箱に寄せられた質問を、別途アーカイブしておきます。また随時、加筆修正を加えていきます。
【質問】
【解答】
①時代小説と歴史小説
吉村昭先生は、時代小説は書けても歴史小説はもう書けないのではないか、という意味のことを仰っていました。
それは昭和の時代の事件ですら、取材した人間によって記憶している内容がバラバラで、とても史実の再現はできないと、痛感されたからだとか。
しかし歴史好きの中には、フィクションでも史実の再現が大事だと考える人は多いですね。
漫画家に、デッサンがダメだとか説教を始める素人のようなもので、それは本質を見誤っていると思うのです。
そもそも、時代小説も歴史漫画も、史実に仮託して今の問題を語る、という部分があります。
日本が戦争で連勝していた戦前には、吉川英治の『宮本武蔵』が大ヒットしたのですが、敗戦後には村上元三の『佐々木小次郎』という、敗者の側の作品が書かれました。
そこで描かれた佐々木小次郎は、片田舎の少年が自分の剣の才能に気づき、村を飛び出して強者との出会いを求めていく姿。
最後に、宮本武蔵に破れる小次郎は……。鎖国していた東洋の小国が、開国して急速に力をつけ、国際連盟の5大強国にまで成長し、でも最後はアメリカに完膚なきまでに叩きのめされた大日本帝国の姿と重なります。史実に仮託して今の問題を語る、というのはそういうことです。
②角を矯めて牛を殺す
なので、時代小説や歴史小説は、その仮託して語る物語の面白さを優先し、史実は曲げていいというのが、当方の考えです。
創作の世界では、織田信長が女性でも沖田総司が女性でも、一向にかまわないと思っています。しかし、ここが許せない人間が、一定数いらっしゃいますね。
例えば、手塚治虫先生が『ブラック・ジャック』を途中から不定期連載にして、あまり描かなくなった理由は、医者からの批判が大きかったそうです。
言うまでもなく、手塚先生は医師国家試験に合格して医師免許を持ち、異型精子細胞の膜構造の電子顕微鏡を用いた論文で、医学博士号も取得されています。
しかし、エンターテイメントにおいては、面白さを優先して、科学的なことには多少の嘘が入るのですが。
同業者の医者から、デタラメを描くなと多数のクレームが届き、それに嫌気が差してしまったとか。
手塚先生が描きたかったのはロマンであって、科学的な正確性ではありません。学習まんがではなかったのですから。
③現実とフィクション
実際、その面白さに読者は惹きつけられ、またそこで医学に興味を持って医者になったという話は、よく聞きますね。
クレームを入れた医者たちは、親切心とか正しい科学知識を啓蒙したいという正義感からやったことなのかもしれませんが……結果的に、角を矯めて牛を殺す行為だったのではないでしょうか?
時代劇漫画を掲載している雑誌の編集部にも、ここが間違いだあそこが間違いだと、毎回クレームを入れてくる歴史好きがいるそうなのですが。
手塚先生の場合の同業者とは違い、歴史研究者ではなく、ただの歴史好きだったり、文献を1冊だけ読んで、この本にはこう書いていると、執拗に言い募ってくるタイプが多いそうです。
逆に、日渡早紀先生の『ぼくの地球を守って』では、フィクションなのに「先生は自分と同じ転生された方で、この作品でメッセージを送ってこられてるんですね?」と、現実と妄想をゴッチャにした方が大量に出て、作者自身がフィクション宣言をする事態になってしまいました。
④適度に嘘を混入する
なので、歴史漫画とかでもフィクションでも、むしろそういう面倒くさいファンが現れたときにどうするか、作者自身の覚悟のほうが大事なんでしょうね。
クレームを無視する覚悟、突っぱねる覚悟、説得する覚悟、物理的攻撃を仕掛けてきたときに戦う覚悟を、含んでいます。
手塚先生とか、歴史漫画では存在するはずのない受話器で歴史的人物が会話するといったシーンを入れて、これはそういうフィクション・ライン(脚本家で映画監督の、三宅隆太監督の造語)の作品ですよと、示されていましたし。
魔夜峰央先生は、クックロビン音頭のポーズがヨガの不易のポーズだと、虚実を織り交ぜていらっしゃいました。
篁も「撫桃摘豆(ぶとうてきとう)=桃を撫でるように煮豆を摘むように、女性の体は優しくタッチすべきという教え」なんて嘘の四字熟語を作って、もっともらしく挿入し、この作品はそういう嘘が交じるので、どこが嘘か探してくださいと、嘘をエンターテイメントにする手法を用いました。
そういうお遊びを含んだ方法論のほうが、かえって良いような気もします。
⑤オープンな場で議論
夢枕獏先生が、異なる2つの資料や学説があったら、面白い方を選ぶと語っておられましたが。
「そんな野暮な解説や、言わずもがなのネタバラシをするな」という人もいますが。
妙なファンに粘着されるよりも、野暮な解説やネタバラシがマシという判断もまた、作者の覚悟ではないかと思うのです。
今だと、そういう粘着してくるファンと対峙せず、こういう意見が来ていますが他の読者はどう思いますかと、サイトやブログやSNSで公開して、オープンに討論してもらい、作者は距離を置くことに徹するのもまた、ひとつの処世術です。
どうやっても文句を言う人は、かならずいるのですから――。
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