5歳の誕生日に、蟹クリームコロッケをつくりたかった。
「誕生日の日さ、夕飯なに食べたいー?」
11月半ばのある日、私はもうすぐ5歳になる次男のヨウに聞いてみた。ヨウは、間髪入れずにこう反応した。
「かにくりーむころっけ!!!」
えぇ意外。唐揚げとか、日常でよくつくる彼の大好物を言うと思った。
蟹クリームコロッケをたぶん最後につくったのは、今年の5月。夫の誕生日のとき。料理家のSHIORIさんのオンライン料理教室でつくりかたを習って以来、家族の誕生日やクリスマスなど、特別な日につくってきたメニューのひとつだ。
揚げたてを頬張ると、外はサックサク。中からとろーりあふれ出す、蟹のエキスたっぷりのクリーミーなホワイトソース。グルメな中国人の義父につくった時も「この食感はすごい」と絶賛し、いくつも食べてくれた。夫もこの蟹クリームコロッケが大好きで、ことあるごとに「蟹クリームつくって〜」とリクエストされる。
しかし、私はそんなに頻繁には、蟹クリームコロッケをつくらない。
つくりたくないわけじゃないのだが、ちょっと面倒なのだ(笑)
まず蟹を手配するのが、少し難しい。揚げもの界のエースである、唐揚げの鶏や、コロッケのじゃがいもと比較すると、やっぱり蟹は高価になる。
それに、中身のホワイトソースを作るのに、ちょっぴり手間と時間がかかる。牛乳・バター・小麦粉から、ゆっくり火にかけてつくるホワイトソース。これがちょっとでも焦げて茶色くなると、食べたときのテンションはダダ下がりだ。焦がしちゃいけない!と全神経を注ぐ必要がある。すると素材にそのまま衣をつけて揚げるだけでいい、エビフライや天ぷらのほうに軍杯が上がるのだ。
でも今回は、ヨウの5歳の誕生日。直々に蟹クリームコロッケをリクエストされたのだから、これはつくるしかない。
「わかった、蟹クリームコロッケね!」
私は「任せとき!」というような感じで、すぐに快諾した。
誕生日の当日は平日で、私は仕事で夕方まで外出しなければならない。それでも前日に中身のクリームをつくって成型しておき、当日は揚げるだけにすればきっといけるはず。私はそう算段した。
前日、材料を買いに行く。でも・・
次男の誕生日、前日。
noteにも書いた保育参観があったので、私はお昼くらいまでヨウと一緒に保育園にいた。午後は近所の公園に遊びに行くことに。ふだん私は仕事をしているので、せめて誕生日前日くらいは、子どもたちとまるまる一緒に遊びたかった。
そしてたっぷり遊び尽くし、もう日も暮れそうな時間に。私は息子2人を自転車に乗せ、公園の近くにある大きなスーパーに寄った。目的はもちろん、明日の誕生日に食べる、蟹クリームコロッケの材料を買うためだ。
しかし、、、
スーパーの海鮮コーナーの、どこを見渡しても、蟹クリームの材料である「蟹のほぐしみ」がない。念のため缶詰コーナーも見たけれど、蟹がない。
どうしよう。もう一度探してみると、唯一あったのが、大きな冷凍ズワイガニだった。値段を見ると、6,900円。
正直、買おうと思えば買えなくはない。それに外食したら、それ以上の金額になったりする。でも5歳の誕生日に、6,900円のカニかぁ。なんだかちょっと、教育的にもよくないような。
きっとあと数日待てば、「蟹のほぐしみ」が買えると思うから。
私はそこで、蟹クリームコロッケの代用品である、ポテトコロッケとメンチカツの材料、じゃがいもとひき肉を代わりに買って帰った。明日の誕生日は、これで納得してもらおう。ヨウにちゃんと説明したらわかるはず。ひき肉はせめて、スーパーの中でもいちばん美味しそうだった国産牛肉にした。
ヨウは、ほくほくのポテトコロッケも大好物だ。きっと許してくれるに違いない。
私はそう言い聞かせるように、もう暗く寒くなっていた帰り道を、急いで自転車を走らせた。遊び疲れたヨウは、自転車の中でこっくりこっくりと船をこいでいた。
ごめん、蟹クリームコロッケじゃなくていい?
誕生日当日。
ヨウはいつもよりちょっと早めに起きてきた。
きっと、誕生日の朝がくるのが楽しみで仕方なかったんだろう。私たちは特別に、朝の散歩に出かけることにした。
しかし歩いているとヨウは、「疲れた」と立ち往生してしまう。いつもなら「もう今日で5歳なんだから、歩かないとね〜」と言って励ますところだ。でも私はこれがチャンスとばかりにヨウを抱っこした。抱っこしていれば、言いにくいことも言いやすくなるからだ。
「ねえ、ヨウ。じつは昨日、スーパーで蟹を買うことができなかったの」
「・・・」
「ごめん。だから今日、蟹クリームコロッケじゃなくて、ポテトコロッケかメンチカツをつくってもいい?」
「・・・なかは、なに?」
「えーと、ポテトコロッケだから、中身はポテト。ヨウの好きな、じゃがいもだよ。メンチカツのほうは、ひき肉。ハンバーグのお肉が入っていて。ほら、前にもおいしいって言ってたやつ!」
私は少し早口で、なるべく明るい声で、まくし立てた。
「・・・・なかには?」
「だから、ポテトと、ひき肉・・」
私の腕の中にいたヨウは、私の言うことを黙って聞いていた。
「蟹クリームコロッケはね、土日のどちらかに、蟹さんが買えたら必ずつくるからね。ゆびきりげんまんね」
「・・・うん」
ヨウは言葉少なめに、納得したようだった。
ヨウは気に入らないことがあるとき、怪獣のように大きな声で泣いて、周囲を困らせることが多い。そんなヨウがこのときは、驚くほどすんなりと、私の提案を受け入れてくれた。
でも私は知っているのだ。ヨウがこんなふうに諦めたように静かにうなずくとき、本当は、悲しい気持ちになっていることを。
私はこのとき、ヨウがなんとなく思いついたから「蟹クリームが食べたい」と言ったのではなく、コロッケでもメンチカツでもなく、本当にそれが食べたかったのだとわかった。
(パパやお兄ちゃんの誕生日には、好きなものをつくるのに。ぼくの誕生日には、ママは約束を守ってくれなかった)
ヨウの心の中に、言語化できないこんな思いがある気がした。
もしも、蟹があったら?
誕生日当日、仕事中も私はずっと、そのことが気がかりだった。
「でも蟹が手に入らなかったわけだし。ヨウも納得してくれたし。おいしいケーキでも買って帰ろう!」
そう自分に言い聞かせた。
仕事が終わってから、私はダメもとでスーパーに寄ってみた。駅の近くにある、昨日とは違うスーパーだ。
もしも、蟹があったら?
つくる時間も考慮すると、時間はあまりない。改札をさっと抜けてスーパーに入り、私はまっすぐ海鮮コーナーへと、足早に向かった。
そして海鮮コーナーのチルドケースの中で、私は発見したのだ。
これこれ!蟹の、ほぐし身!!!!
そこだけスポットライトが当たって、ピカピカとまばゆい光を発しているかのように見えた、綺麗なまっしろの蟹のほぐし身。
しかも夕方だったのでタイミングよく、スーパーの店員さんが「10%オフ」のシールを貼る瞬間だった。ええっ、こんな奇跡のタイミング!蟹も、店員さんも、みんな私が今夜「蟹クリームコロッケ」をつくることを、応援してくれているように思えた。
もうこれは、つくるしかない。
私はせっかくなのでたっぷり蟹を入れようと思って、上にあった2パックをとりあえず掴んで、レジに向かった。材料の生クリームも忘れなかった。
いざ、蟹クリームコロッケへ!
スーパーから急いで帰宅し、私は急いで、まずはホワイトソースをつくりはじめる。夫は子ども達と一緒に、プレゼントを買いに出かけてくれていた。家にひとりなので、ゆっくりした気持ちでつくれるのが救いだった。
まずは分量を計ったバターを溶かして、小麦粉をいれて。牛乳と生クリームを数回に分けて入れ、ヘラでのばしながら溶かしていって・・。
慌てると失敗しやすい私の性格なので、できる限り慎重に、丁寧にすることを意識した。
過去に何回もつくっているので、工程は頭の中にしっかり叩き込まれている。分量さえ確認すれば、あとは思ったより手際よくつくれた。蟹をまぜて、コロッケの俵形に成形するまで、たぶん30分もかからずにすんだ。(途中、クリームの熱を冷ます工程は、冷凍庫とアイスノンを駆使!)
そうしていると、夫と息子たちが帰宅する。夫から誕生日に買ってもらった恐竜のおもちゃを私に見せて、ヨウはごきげんの様子だった。私が何をつくっているのか、彼はまだ知らない。
子ども達がテレビを見はじめる中、準備は最終工程に差しかかる。
俵形にしたピカピカの蟹クリームに小麦粉をまぶして、溶いた卵にくぐらせて。そこにパン粉をまんべんなくつけて。よーし、コロッケの原型が完成!ここまで順調。
いよいよ揚げていく。ここでケチって油を少なくすると、コロッケの底が鍋について、焦げて台無しになることを私は知っていた。私はいつもよりたっぷりの油を入れて温め、その中にそうっと、やわらかく崩れやすい蟹クリームさんたちを大事に浮かべていった。
ジューーー
音を立てて、蟹クリームさんたちが油の上に浮かび上がる。パチパチと油の中に散らばる細かなパン粉が、小さな花火のようだった。
そうしてみるみる、きつね色に変わっていく蟹クリームさん。あとは油からすくい出して、網に並べるだけだ。1個、2個とすくい出し、最後の8個めを無事に救出。よし、できたできた!
「ヨウ、見て。蟹クリームコロッケだよ!」
私はできたてアツアツのコロッケ達をお皿に盛り、テーブルに出した。
兄とテレビを観ていたヨウは、びっくりしたような顔!そして、誰よりも早く食卓にやってきた。
いつもは「ご飯だよー」と声をかけても、なかなか来てくれないのに。この日は一番乗りだった。
ヨウの皿に、できたての蟹クリームコロッケをひとつ、のせてやる。
「これ、どうしたの?」
ヨウは、蟹クリームコロッケと私の顔を交互にみて、口の端から好奇心と満面の笑みをこぼしながら私に聞いた。
「ママがつくったんだよ。さっき蟹さんが買えたから、急いでつくれたんだよ」
ヨウは私の説明を聞くやいなや、蟹クリームコロッケをふうふうしながら頬張る。カリッとした衣から、とろけるクリームが顔を出した。
「おいしいねぇ、おいしいねえ」
またたく間に、ヨウはコロッケ一個を完食する。私たちはそれを見届けてから、乾杯をした。
「ヨウ、お誕生日おめでとうー!」
無事に蟹クリームコロッケが完成できて、ヨウがおいしそうに食べてくれて。そして何より、ヨウが5年間でこんなに大きく成長してくれて。
ああ、よかった‥!
この日飲んだビールは、じんわりと達成感に包まれて、より一層おいしく感じられた。きっと代替品として考えていたポテトコロッケや、メンチカツだったら、こんな満足感に浸ることはできなかっただろう。
ヨウは結局、蟹クリームコロッケを4個もたいらげた。とても少食で、ふだんはその半分も食べられないこともあるのに!
私も夫も1個ずつしか食べられなかった。だけどそれでもお腹いっぱいになるほどに、この日は満たされた。
ヨウ、あらためて5歳の誕生日おめでとう。ママはきみたちが生まれてから、食べるより、つくって食べてもらうほうが嬉しいことに気づきました。また蟹クリームコロッケをたくさん食べて、どんどん大きくなってね。そんな日々が心から幸せです。
小森谷 友美
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