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「こんなにきれいに食べてもらって」 / 2020年1月

1日
薄着で外に出て除夜の鐘をきいた。空気が澄んでいて星がよく見えた。あんなに覚えたはずの星の名まえを今ほとんど知らない。

2日
昔の友人たちと会った。ぬるま湯の上に張られた糸で綱渡りをしているような、不安定な安心感があった。集団の中にいるとき、その浮遊感がこわいから、その中の誰かただひとり、サムワンと、とても濃密なつながりを結んでおきたくなる。双子に生まれて、ほとんど自分みたいな存在といつも一緒にいられたらいいのにと思ったこともあった。
友人が夜通し踊っていてあんまり眠れなかった。
明朝、二日酔いで吐きそうになりながらメイクポーチを開けると、なぜかアイライナーの蓋だけが消失していた。あんなひどい夜の締めくくりとしては、最高だった。

3日
あんまり記憶がない。たぶん2日酔いを引きずってずっと寝ていた。

4~5日
あんまり記憶がない。もっと本を読んでおけばよかった。

6日
初対面の人と会って2時間くらい話を聞いた。話したいことをたくさんもっている人と、1時間か2時間、ばちっと時間と空間をとって、じっと耳を傾けているのが割と好きだ。映画も、映画館で、ばちっと決め撃つようにひとりで見るのが好きだ。どちらもとても消耗するので、あんまりひんぱんにはできない。

7日
あんなに明らかだった心の比重が変わってきているのを感じる。
なにかを得るにはなにかを犠牲にしないといけない、みたいな考えをあまりしなくて、両方、どうしたって手放せないのだから両方手にとめつづける方法を考えたい、と思ってきたけれど、もしかしたら、そうなのかもしれない。なにか捨てないと、もう入らないのかもしれない。そんなさびしいことってある?
でも、別れは、いつだってさみしいのとおんなじで、別れは、なんだってさびしく、別れたあとにゆく道で偶然、引き合った出会いが、雪みたいに重なって、いつだって、なんだって、いつか銀世界になったらいいね。

8日
夜、永遠にアンニュイで、きちんと眠るのに失敗したせいで、求められていることをほとんど提供できなかった。

9日
昼下がり、教会の庭が見えるテラスでお茶を飲んだ。他愛もない午後をすごしているあいだに、尖塔の向こう、空がだんだんと黄色く染まり、やがて夜になった。明日が来なければいいのにと何度も口に出した。帰りに、あたらしい化粧品とコートを買った。

10日
あたらしい化粧品とコートを身にまとい、初対面の人と会って2時間くらい話をした。直前に心がだめになってしまい、もう、だめだ、だめだ、と思いながら約束は約束なので涙を呑みながら駅の階段を上ったり下りたりして待ち合わせ場所に向かった。
結果的にとても良い出会いだった。また、と言って手を振って別れて、うれしくて、涙を呑みながら駅の階段を上ったり下りたりして家に帰った。あんまりこういう出会いは多いものではない。
ひとに、向き合ってもらって、じぶんの、だめだと思っていたところを、ひとに、求められることがあって、うれしくて、泣いてしまうようなことがこの世にはあるんだなあということを、知りました。世の中は、ひろいひろいとは思っていたが、深いのかもしれない。これからさき、いったいどこまで潜って行けるのだろう。もしかして人生の大部分を、深く深く潜ってゆくことに使うことができたなら、それはわたしにとって幸福なのかもしれない。

11日
海の近い食堂で魚の煮つけを食べた。魚をきれいに食べるのはとてもむずかしいと思いながら一心不乱に箸でつついた。食器を下げに来た店員さんに、「こんなにきれいに食べてもらって、魚も大往生を遂げたと思いますよ」と言われた。

12日
海辺を散歩した。海や、港は好きだ。

13日
あんまり記憶がない。心が上下した反動でずっとモヤモヤしていた。

14日
あんまり準備しないままいろんなことを乗り切ってしまった。

15日
ああ、人生変えたいな。すべては一時的な情動に過ぎないんだ。つまらない。ボードレールに泣いてすがりたい。『巴里の憂鬱』、「どこへでも此世の外へ」、「私には、今私が居ない場所に於て、私が常に幸福であるように思われる」「どこでもいい、どこでもいい……、ただ、この世界の外でさえあるならば!」こんな感じ。
毎秒揺れている。悩んで悩んでどっちも好きだ。
右手と左手 どっちか離さないといけないとしたら、あなたならどっちを離す?どっちも離したときにはじめて、まったく新しい、まったくまったく新しい、人生みたいなものがひらけるのかな、それはそれで面白いだろうな、とか思うけど、そんな人生なんだっていうの?って思う気持ちもある。そんなことをぽつぽつ考えていられる私の今世は、なんにせよ幸福だと思う。

16日
いろんなことを勢いで乗り切ってしまった。
読んでいた本に「つがいになれない」という一節があった。「つがい」という考え方は、「なれない」との掛け合わせにおいてとてもしっくりくるなと思った。

17日
捨てる神あれば拾う神、見てる神あり見てない神、いろんなひとがいていろんなふうに世界、まわってて、それぞれいろんな深さの海を、陸を、空を、その唯ひとつのからだのなかにたたえている、そうして世界ができる、世界に実体はないけど、世界をはらんだ人のむれが世界をつくる うつくしいな、世界。
そのひとつの肉体のなかでもまた、凹凸があったり深度がちがう場所があったりする、だれにもみつけられない湾や、じぶんの側からは見えない日の入りがある、そういうところがうつくしいと思う。

18日
あんまり記憶がない。

19日
苺を食べた。

20日
夢見が悪くて地獄だった。地獄にはいろいろな種類があるというが、「眠りたいのに眠れない地獄」というのが成立しえると思った。なんにせよ落ちたくない。

21日
人生の効率が悪かった。

22日
春の香水を予約した。花と香水は人生のご褒美だから、多少無駄遣いなくらいがちょうどいい。
人生の配分がヘタだ。計算にがてだしな。電卓があればいいのにな、人生の。

23日
深夜、たった数日で人生をかけてきたことへの比重が傾きを変え、バランスが崩れてしまったことが怖くて大声をあげて泣きたい気持ちだった。いままで生きて来たことを、ほかでもないこのわたしが根本的に否定しにかかっていて、たとえ一瞬でも揺らいだせいで、決定的になにか大きなバツをつけてしまったことがすごく悲しかった。
夕方、散歩をした。思考が止まらなくなった。
夜、人と会った。先が見えないことってだれでも怖いんだけど、先が見えてることなんて何一つないということがわからないわけではない。わたしの人生はわたししか引き受けることができない。
あなたの人生はあなたしか引き受けることができない。でも、わたしは、わたしが関わることであなたの人生がすこしでもよくなる可能性があるのであればそうしたいと願っている。それは、あなたがわたしの人生をよくしてくれたからだ。存在すること、存在を表象させることを引き受けてくれたから、わたしは、無条件で生きるのがすこし大丈夫になったりしたんだよ。ある意味でどこまでも一方的なこの関係性は、不思議なんだけど、その不思議さこそ、表に立つことを引き受けた存在だけがもつことのできる、強い力だ、と、思う。
帰路、平手友梨奈さんの脱退が発表された。

24日
「月いちでひと月ぶんの日記を書く」という予言をした。
昔から、毎日こつこつなにかをする、みたいなことがどうしても苦手で、何事も三日坊主どころか二日で終わる。毎日こつこつなにかをする、みたいなことが得意な人に出会うとものすごく嫉妬してしまう。

25日
続けた先に会いたいだれかがいる。会えるまで続けたい気持ちはある。

26日
はじめておおきな水槽を見た。

27日
世の中のうまくいくことのだいたいは相性。

28日
ほんの一文のつもりで思考の記録をとりはじめたら止まらなくなってすごくびっくりした。

29日
調子が悪かった。

30日
すごく調子が悪かった。映画を見るつもりでいたのに見ることができなかった。代わりにずっと気になっていた本を買った。

31日
調子が悪かった。このところ左手を離していく人が多くてすごく侘しくて空しい。昨日買った本はすごく面白い。
気がついたら1月が終わっていた。ほんとうに気づかなかった。ほんとうにすごくあっさりと終わっていた。予言は外れた。

1月の面白かったもの

『がんばらない練習』pha

心が落ち着く。この人の文章すごく好き。今月ずっとしんどかったので、水を飲むみたいにこの本をちまちま読んでやり過ごした。

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』相沢沙呼

「すべてが伏線」のコピーに偽りなし。

来月は映画を観たい。

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