龍馬の日記 元治元年卯月二十七
元治元年卯月二十七
珍しく、北添佶摩が顔を出した。
急遽、船を出してもらい、船での会食にする。
「龍馬、おんしゃ、土佐勤王党を根こそぎ、神戸に持って行く気か。」
「違うちゃ、聞いとうせ、なぁ、聞いとうせ。
このままじゃ日本はやばいんじゃと、
いっくら、あしらが志士活動したって、土佐は変わらんきに。
なぁ、一度でいいから勝先生の話を聞かんかな。
かの国、亜米利加国では、殿様の前でも、将軍様の前でも、
頭を地べたにこすりつけて、話す必要もないんじゃ。
将軍も殿様も皆、同じシューズを履いて、目を見て話すんじゃと。
土佐は違うぜよ。
殿様に会うにはひれ伏して会わなきゃならん。
頭を地べたにこすりつけて話さなきゃならん。
そんな容堂公が土佐勤王党を使うとは思えん。」
「いや、変わる。
今朝ほど間崎はんが、土佐勤王党に容堂公が会ってくれるち、連絡が来た。
土佐は変わるきに、土佐勤王党が土佐一国を勤王藩にして、日本のかじ取りに加わるちゃ。
今じゃ、今。 容堂公を動かし、土佐を動かし、天下を動かす時が来たんじゃ。えぇっ。」
「北添、容堂公はあしらの仲間じゃないぜよ。
上士の真似をして、しらうおの高下駄をはいて、容堂が笑うぜよ。」
「龍馬!」
「犬が下駄はいておるって、容堂が笑うぜよ。」
「龍馬!」
結局、北添とは話が合わずに別れる。
お店に無理を言い、部屋を取り、望月亀弥太らと飲むが、
話は堂々巡りで、なかなかつらい。
今のままじゃ、容堂公の怒りに触れることは目に見えているが、
武市も北添も頭が固い。
心配だ。