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100日後に散る百合 - 25日目
手記を付けている。
これは寝る前の習慣。
ほぼ毎日なにかしら書いているから、日記と言っていいのかもしれないけど、
手記と言った方が、自分の中でハードルが低くなって書きやすくなると思っている。
手記。
しゅき。
……………………しゅき?
脳裏に咲季の顔が浮かぶ。
なんでだろう。
いや好きだけど。
萌花、しゅきしゅきだーいしゅき。
今度は、私に甘える咲季の姿が浮かぶ。
可愛い!!!超可愛い!!!
私もしゅきだよ。
えへへへへへ。
って、こんなことを手記に書きたいんじゃなくて。
消しゴムでごしごし消す。
消しゴムと言えば、
小学校の時に流行っていた恋のおまじないを思い出す。
裸の消しゴムに好きな人の名前を書いて、ケースをかぶせる。使い切ったら恋が成就するってやつ。
他には、
相合傘を書いて、消しゴムで消して、消しかすを瓶の中に入れておく。
とか、
紙に好きな人の名前を書いて、英語の辞書の「LOVE」のページに挟む。
とか、
シャーペンを好きな人の名前の分だけノックして、自分の名前を書いてさらに塗りつぶす。
とか、
1/16サイズの折り紙の対角に自分と相手の名前を書いて折り鶴を折る。
とか、
ノートの初めのページと終わりのページにそれぞれの名前を書いて、一日ずつ間のページを破っていき、名前を書いたページが重なったら、そのまま紙飛行機を折って、大安の日の前日の23時59分59秒に飛ばして、落ちた地点にワイングラスを置き、中に角砂糖、指輪、トカゲ、薔薇の花弁を入れて、左手薬指の先を軽く切って出した血で息継ぎをせずに自分の胸に相手の名前を書き、グラスに酒を注いで一晩寝かせ、卵黄、砂糖を加えてさっくりと混ぜ合わせた後、添付されたURL先から[renaijoju.exe]をインストールして(正常にインストールが行えない場合はミラーサイトをご利用ください)、購入者登録画面にて郵送書類に記載されたシリアルナンバーを逆順で入力し、同梱されているアンケートハガキの[5.感想・ご意見などご自由にお書きください]の欄に「アド街を見た」と書く。
とか。
正直最後のは嘘だと思うんだけど、当時は信じてる子もいたなあ。
なんにせよ、”名前を書く”という行為が重要視されている気はする。
名前かあ。
「萌花ちゃ~ん、起きてる?」
ドアの向こうから声がする。
「起きてますよ、どうぞ」
ゆっくりとドアが開く。
「いずみさん、どうしたんですか」
「いやこれ、将棋の駒。キッチンに落ちてた。お父さんも、行雲も違うって言うから、じゃあ萌花ちゃんかなって」
「あー、私のです。すみません、踏んだりとかしてないですか?怪我とか」
「うん、別に大丈夫。それにしても、何で金将?」
「いやー、特に理由はないです。囲碁将棋部の友達がくれただけで」
「あら、そう」
「あ、そうだ。さっきお父さんには言ったんですけど、私、明日出掛けるので、ご飯作れないんです。すみません」
「そうなの?いいよー、遊んでらっしゃい。何?誕生日だから?デート?男の子?」
「違いますよ!普通に、女の子の友達ですよ」
痛い。
「でも、萌花ちゃんがお外行くなんて珍しいね。あ、これは嫌味とかじゃなくてね?いつも頑張ってくれてるし、もっと遊びに行ったりしていいのよ?」
「大丈夫ですよ、私も好きでやってるので」
「そう?でも高校生なんだし、もっと好きなことに向き合っても。あ、でも料理が好きなのか」
「はい、えへへ」
「あ!ちょっと待って!!」
「びっくりした、なんですか」
「誕生日プレゼント用意してなかった!!!!うわー!!ごめん、萌花ちゃん!!!!」
「別に、気にしないでください。お仕事忙しいんですから」
「えーと、えーとね、そうね、低温調理器でいい?」
「え!?いいんですか!?」
「この前欲しいって言ってたでしょ?」
「いやでも、ただ単に私の趣味なので」
「私ら家族の糧になるんだから全然いいわよ。必要経費みたいな感じ?何なら、もっとわがままな注文してくれてもいいのよ?」
「いえ、十分です…………」
「欲しいメーカーのとかあったら、教えてね」
「ああ、はい」
「私の仕事もそろそろ落ち着くからさ。いつもありがとね」
いずみさんは、私の左手を掴んで、そっと金将を置いた。
「じゃあ、私はもうちょっと仕事して寝るから」
「ちゃんと寝てくださいよ?」
「分かってる分かってる。じゃあ、おやすみね」
「はい、おやすみなさい」
ドアが閉まる。
一人だったことを思い出す。
書いたんだか書いてないんだかよく分からない手記は閉じて、引き出しに仕舞う。
金将も仕舞っておくか。
あー。
んー。
油性ペンに手が伸びる。
金将の裏、
なにもない。
おまじない。
名前。
さ。
き。
…………。
……………………。
す。
き。
……………………な、なに書いてんだろ!?私!?
あはは、寝ましょうね。
あはははは。