![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/27865485/rectangle_large_type_2_d88e2efcd919b1c9629c9969873afad7.png?width=1200)
100日後に散る百合 - 35日目
午前1時8分。
月曜日から火曜日になった。
さっき自分の手記を確認したら、私が咲季と出会って、34日が経ったらしい。
つまりは、35日目がもう1時間8分を経過したということ。
あ、9分になった。
スマホのディスプレイに、自分の顔もかすかに映っている。
顔が死んでいる。
そして、寝付けない。
寝たい。
いつもは6時半に起きている。朝はお弁当を作るから。
同年代の子たちよりは、比較的早く起きている方だと思う。
あ、でも、私は学校まで遠くないからな。
電車で通っている子たちなんかは、下手すると私より早く起きているのかもしれない。
運動部には朝練しているところもあるし。
そう考えると、別に私の朝は早くもなんともないのかもしれない。
が、別にそれはどうでもいい。
とにかく今は、私が眠れていないのだ。
寝付けない理由は、もう分かっている。
咲季のせいだ。
咲季のせい?
咲季がああなったのは、私のせいだろう。
とまあ、こんな感じで、今日(正確には昨日)あった咲季とのことが、ぐるぐる頭を巡ってしまう。
おかげで夕飯も散々だった。
魚は焦がすし、指は切るし、ご飯は炊き忘れてるし。
いずみさんにも「何かあった?」と心配されたが、
そっとしておいてください、と言うほかなかった。
相談したところで、「それは萌花ちゃんが悪い」と言われるだけだ。
自分の愚かさを確認するために、人に話すほど強いメンタルはない。
もう、自分が悪いのは重々承知しているのだ。
咲季が、女同士はありえないと思っている以上、私は振られることが決まっている。
一度はその覚悟もした。
けれど、やっぱり怖かった。逃げてしまった。
咲季は、「ありえない」と思いながらも、私の告白に対しては真剣に考えてくれていたようだった。
それなのに私は、その想いを無碍にして、なかったことにしようとしてしまった。
そりゃあ、怒るよなあ。
私でも、そんなことをされたら嫌だ。
はー。
昔からこうだ。
人に気を遣うとか、思いやるとか、そういうのがあまり得意ではない。
それで人間関係で失敗したこともある。
むしろそれが原因で、今の人付き合いの苦手な自分が生まれてしまった、と言ってもいい。
いや、違う。
本当は、人付き合いが”苦手”なのではない。
苦手ということにして、逃げていることを正当化しているだけなのだ。
人と話さなければ、誰かを悲しませなくて済む。
人と関わらなければ、壊れてしまうような関係がそもそも構築されずに済む。
そうならないように、自分が変わればいいだけの話なのに、私はそこから逃げ続けてきた。
でも、
最近は少し違った。
私は、咲季との関係を構築しようとした。
そして、言葉でそれを伝えた。
そうやって、自分が少し変われたのは、
相手が咲季だったからだ。
それだけ私にとって、特別な存在だったんだ。
それなのに。
それなのに、私は。
結局、自分が変われたなんて、一時の錯覚でしかなかったんだ。
自分勝手で、わがままで、
相手を思いやることなんて出来なくて、
逃げ続けて、
それでやっぱり悲しませた。
本当に何の価値もない人間だ。
生きていても社会的な利益がない。むしろ、害。
もう咲季は、こんな人間に振り向いてすらくれないだろう。
終わった。
もういいや。
もともと友達も少ないんだ。
咲季が転校なんてしてこなければ、私はずっとぼっちだったんだ。
咲季との関係が崩れたところで、何の問題もない。
咲季が、今後誰かと付き合ったって、何の問題もない。
というか、私より、もっとお似合いな人がいるだろう。
あー。
なんかイライラしてきた。
寝れないし。
こういう時は、あれだ。
ノートを真っ黒に塗り潰すんだ。
シャーペンだと折れちゃうから、鉛筆で力強く。
ふふふ、なんか想像するだけで気持ちが昂ってきた。
「ふははははは」
不敵な笑みを浮かべて、私はベッドを降りる。
夜も暑くなってきたので、そろそろ扇風機を出したいなと思う。
机のライトを点ける。
ペン立てから鉛筆を拝借。
引き出しから、いつものメモ帳を取り出す。
「…………狭いな」
もっと広くないとだめだ。
こんな狭いスペースじゃ、全然すっきりしない。
仕方ない、予備用に買っておいたノートを使おう。
一番下の引き出しにあったはずだ。
「ふふふふふふふ」
B5サイズのノートを黒く塗り潰せることが、だんだんと楽しみになってきた。
これから訪れる快感を、身体が予期しているみたい。
開ける。
さて、ノートは…………
「あ」
開けた引き出しに、
思い出したくなかったものが見えた。
イヤリング。
咲季から貰ったやつ。
私は、もうノートのことなんかすっかり忘れたように、
そのプレゼントに手を伸ばす。
ケースを開けて、中を確かめる。
デスクライトに照らされて、百合の紋章が光る。
「…………”私の心の姿”」
オトメユリの花言葉は、それだった。
もしそれが、”自分の胸の内を顧みろ”ということならば、
私は、やっぱり自分のことを見つめなければならない。
逃げられない。
記憶が、不随意に蘇る。
イヤリングを付けてくれたこと。
ケーキをプレゼントしてくれたこと。
私のお弁当を、美味しそうに食べてくれたこと。
保健室に来てくれたこと。
名前を呼んでくれたこと。
救ってくれたこと。
信じてもらえなくて、それを怒ってくれたこと。
何が、”もういいや”なんだ。
全然よくない。
このまま咲季の気持ちを蔑ろにしていい訳がない。
このまま関係を終わらせていいはずがない。
私は、
私は、
私は、
向かい合わなきゃいけないんだ。
自分にも。
咲季にも。
プロモーションだ。
もう成るか成らないかではなく、必然に私はそうしなければならなかった。
「謝ろう」
とりあえず、そこからだと思う。
咲季を傷つけたこと、それは私が悪いのだ。
私は犯した罪を償う必要がある。
それで、また友達に戻れるかなんて分からない。
けれど、
私が逃げ続けていたら、何も変わらないんだ。
構築じゃなくて修復なら、まだ頑張ってできるだろ。
午前1時24分
「ごめんなさい」
「放課後、話がしたいです」
こんな時間に送っても、もう寝てるかもしれない。
でも逆にその方が都合がいい。
すぐに「嫌です」と返される方が怖い。
まあ、でも、
どうせ振られる運命なのだ。
咲季がこれに応じてくれないのなら、その時はその時だ。
意外にも、メッセージは迷いなく送れた。
届けなきゃ。