100日後に散る百合 - 58日目
中間考査が終われば普通に授業が始まる。
授業自体は面倒だけど、それでもあと少し我慢すれば夏休みに入る。
とは言っても、私は夏休みにやることもないのだけれど。
木曜日の今日は、テストが返却される授業もあれば、まだ採点が終わってない科目もあった。
今のところは、まあまあといった感じ。いつもと同じくらいだろう。ただ、日本史の勘で答えた部分がことごとく間違っていて少し萎えた。
「あれは作問が悪い。”誤りを選べ”の問題で、教科書に記載のないものは誤りの事柄かどうかなんて、学生の私らに分かるわけがないのに、他のものが明らかに正しいから消去法的に……とか言って、あの教師ふざけてんのか。だいたい史実なんて、”明らかに正しい”とかねえだろ」
風薇のテストへの不満が、囲碁将棋部の部室によく響く。まあ大体、テスト後はいつもこんな感じだ。璃玖はそれを黙って聞いている。いや多分、聞いてない。
最近の昼休みは、またこの2人と過ごすことも増えてきた。週2で咲季、それ以外はこの2人と、という形になりつつある。曜日はまちまち。
風薇は私にフられた身のくせに、何てこともなかったかのように普通に振る舞ってくる。その切り替えに感動しつつも、もうちょっと私に未練を感じてくれてもいいのではないかという、ちょっとした寂しさもある。でも、またこうして友達として過ごせることは随分ありがたい。なにせ私には友達がいないからな!
「モカ?」
そんな風薇から、声をかけられる。
「調子悪いか? 全然食べてないけど」
「あー、うん」
箸が進んでいない私を見て、心配してくれたらしい。
特に体調が悪いということはないのだが、口の中にものを入れるということに無性に躊躇いがあることには気付いていた。朝からずっとそうだ。
「食わねえなら、私が食ってやろう」
「いいよ、どうぞ」
残しても、もうこの時期だと傷んでしまうかもしれないし、食べてもらった方がいい。
「昨日は立川咲季と玉根にいたんだろ?」
私のお弁当をかっ込みながら風薇が振ってくる。食べながらしゃべるな。
ていうか、
「なんで知ってんの」
「インスタで見た」
「誰の」
「立川の」
「…………はあ!? ッた」
驚きすぎて舌を噛んだ。痛い。
「え、知らねえの。立川がインスタやってんの」
「ひらないよ!」
「なんて?」
舌が痛い。
「知らないよ!私がそんな陽キャアプリ使う訳ないじゃん!!」
言ってて自分が悲しい。
「見せて。アカウント」
「自分で見ればいいだろ」
「あ、あとで作るから。とりあえず今見せて」
なんか色々気になる。
どういう投稿をしてるのか、アイコンは何か、フォロワーにどんな人がいるか、私と付き合ってること匂わせてるのか、エトセトラ。
「言っとくけど、モカの写真とかは出てないから安心しろよ」
「あ、そう、なんだ」
「ほい」
風薇にスマホを見せてもらう。
まず、アイコンは本人ではなく愛犬のコイラだった。
で、投稿もたいして多くなかったし、自撮りなんて皆無だった。ちょっと残念。一番最近の投稿は、コイラが眠っている写真だ。
「なんで、これで私と玉根にいるって分かるの?」
ちなみにこの2人には、咲季と付き合っていることは報告してある。
「あー、投稿じゃなくて、ストーリーだよ」
「す、すとぉりー?」
なんだそりゃ。
すると、風薇が縦画面いっぱいの写真を見せてきた。
「24時間限定で投稿できる機能みたいなもん。このパスタ、私がモカに紹介した店のだろ? 春にこっちに来た立川がこんな穴場知るわけないし、奥の方にカルボナーラが見える。ということは、立川は誰かと来てる。となると、モカかなって。カルボナーラよく注文してたろ」
風薇が画面をスワイプすると、見覚えのある白い建物の写真が出てきた。
「で、これは玉根にあるプラネタリウム。もう放課後デート確定だろ」
「推理力に引いた」
さすが私を好きなだけあるな(何を言ってるんだ私は)。
「あそこのパスタ、よかったですよね。また行きたいです」
デカドロイドこと、出角璃玖が食に興味を示すのは本当に珍しいので、さぞかしそのパスタが美味しいという証拠……と言いたいところだが「○○のオイルパスタ」みたいなものしか注文しないので、単にオイルが欲しいだけなのでは?と私は考えている。
まだ舌が痛むので、さっき買ったお茶を飲む。最近は日中でも涼しいので、あまり喉は乾かない。
ボトルから流れてくる冷たい液体が、ヒリヒリとした舌を伝って気持ちが良い。なんとなくそれを長く感じたくて、ある程度口に含めてから、喉に送り込んでいく。
「で、もうキスしたか?」
「ブフゥゥゥゥゥ」
噴き出した。
「きったね~」
「っほ、けほ」
「そのリアクションは、したな」
「しましたね」
ニヤニヤしている2人を睨みつつ、タオルで机を拭く。
呼吸が落ち着かないが、
「風薇って、けほ、そんなこと聞く人だっけ?」
恋愛話とかゴシップとか、あまり興味がないと思っていたが。
「別に、人並程度にはそういう話は好きだが」
平然とした顔で言われる。そ、そうですか……。
「そかー、ついにモカもキスしたかー」
誰目線で言ってんだ。言っとくけど、ファーストはお前に奪われてんだぞ!!ていうか、あれは風薇にとってもファーストだったんだろうか?
まあ、いいや。さっき噴き出してしまったせいで、ほとんどお茶が飲めなかったので、再びボトルに口をつける。
「ベロチューですか?」
「ブフゥゥゥゥゥ」
噴き出した。
「汚いですね」
「っほ、けほ」
「これはベロチューしましたね」
「間違いない、ディープだな」
「璃玖まで何を聞いてるのさ!」
あと、言い方よ。ベロチューって。
机を拭きながら、再び抗議する。
「単純に興味ですが。そうですか、ついに萌花もベロチュー」
だから誰目線なんだ。
まったく、こんなに冷やかされるなら、2人に報告しなきゃよかった。今後もこうなら対策を考えなきゃだ。
風薇の名誉のために、私とのこと(告白されたこととかキスされたこと)は璃玖に話していないけれど、いつだってバラしてやるんだからな。こっちは弱み握ってるんだ。
「そういえば、風薇が萌花にしたのはベロチューですか?」
「ブフゥゥゥゥゥ」
噴き出した。お茶も飲んでないのに。
「いや、普通のキス」
「ちょっと待ってちょっと待って」
「なに?」
風薇がきょとんとした顔で聞いてくる。マジかこいつ。
「え、璃玖に話したの!?」
「まあ、璃玖には協力してもらってたし」
「言ったじゃないですか、璃玖が萌花とお昼を過ごすように言ったのは風薇だ、と」
「いやだからって、キスのことまで言わなくていいでしょ!?」
「別に、モカは私から一方的にされただけなんだから被害者だろ。何をそんなにはしゃいでるんだ」
はしゃいでねーよ。
「だって恥ずかしいじゃん!!私が!!あとなんで、風薇はそんな平然としてられるの?」
「吹っ切れた」
つよつよメンタル~~~~。
「そもそも、璃玖は1年の頃から気付いてましたけどね。風薇が萌花を好きなこと」
「えぇ」
「それなのに風薇ときたら、全然認めないんですもん。そんなんだから、どこぞのぽっと出の女に獲られるんですよ」
「まあ、キスしたしいいや。未練はない」
MPバグってんのかこいつ。
「モカ、ごちそうさま」
怖い怖い怖い。
「今日の卵焼きも旨かったぞ」
あ、弁当の方のごちそうさまか。
はー、なんかどっと疲れた。
結局お腹は空いてしまって、午後の授業には全然集中できなかった。
え? 昨日咲季とキスしたシーンが描かれていないって?
私が記憶から飛ばしておいたからな!!ははは!!
…………どうせ、明日思い出してしまうんだろうな。