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100日後に散る百合 - 21日目
「ここです」
昼休み、
1年の時の友達、出角璃玖に案内されたのは、
特別棟にある、多目的室3。
その正体は、囲碁将棋部の部室である。
ドア窓のところに「IGOSHOGI」と書いた紙が貼ってある。
字面がシンメトリーじゃなくてとても惜しいな。
璃玖は引き戸の取っ手に手をかけるも、建付けが悪いのか、開けにくそうだった。
開いた。
「入ってください」
「お、お邪魔しま~す…………」
てっきり、中は部室然としているのかと思ったら、
机と椅子が普通に並べてあって、どっちかと言えば教室だ。
「ここへ」
璃玖がひとつの席を指す。
そこに座れということらしい。
持ってきたお弁当を机に置いて座る。
教室での立川咲季は相変わらず人気で、一緒できそうもなかったので、今日のお昼も璃玖と共に。
まさか、部室に連れてこられるとは思ってなかったけど。
出角璃玖は相変わらず、アンドロイドのように動いている。
「食べながらでいいので、対局です」
デカドロイドは将棋盤と駒の入った升を持ってきた。
「は、はあ」
じゃあ、食べます。
今日はサンドイッチなので、将棋も指しやすい。
サンドイッチ伯爵はチェスしながら食べるために、片手で食べられる食事をオーダーしたんだっけ?
あれ、違うっけ。チェスとか関係ないっけ?
そもそも、サンドイッチ伯爵だっけ?
それはハンバーガーだっけ?
「ハンデは”裸の王様”にしますか?」
「なにそれ」
急に童話の話をされる。
裸の王様は、よく知らないんだけど。
そもそも童話扱いなんだろうか。
「璃玖は王将しか使いません。他の駒はすべて落とします」
あー、だから裸なのね。
ていうか、
「それ私、めちゃくちゃ有利じゃん」
「はい。げろげろ初心者でなければ、さすがの璃玖も負けます」
私は別に将棋は得意でも何でもない。
駒の動き方を把握しているくらい。
あとは定石の指し方とか。
「私はげろげろ初心者?」
「そうですね、なんとも」
「なんとも…………」
「じゃあ、歩三兵にしておきましょう。初期盤面は王だけですが、璃玖は歩を3枚持ち駒にします」
「なるほど」
「逆に王なしで、歩3枚だけでいきますか?」
「それじゃ私、永久に勝てないでしょ」
虚無の盤面で、私は何と戦えばいいんだ。
言いながら、璃玖が駒を並べ終えた。
「では、お願いします」
姿勢よくお辞儀してくる。
「お願いします」
私も畏まってしまう。
「ハンデありの場合、上手からですので」
ぱちん。
いきなり持ち駒の歩が来た。8六歩。
「これって、成るの?」
「いずれ」
んー、放っておくと成られて角が取られるのね。
さて、どこに打とうか。
将棋は、風薇が得意だ。
1年の頃、璃玖が私たちと話すようになったのは、風薇が璃玖に声をかけたのがきっかけだ。
「じゃあ監物さんは、茶道部なんだ」
「おい、モカ、監物はやめてくれよ」
「あー、ごめん。慣れなくて」
「あ」
「どうしたの?」
「彼女、将棋の本読んでるな」
風薇が指さした先に、璃玖がいた。
歩いて向かう風薇。
行動が早いのが風薇だ。
「一局、手合わせ」
試合申し込みまでの流れが速すぎる。
「いいですよ」
いいのかよ。
結局、その翌日に風薇はぼろくそにやられていた。
いつもなら悔しがる負けず嫌いの風薇だが、
その時ばかりはそれも通り越したのか、途方に暮れていた。
「風薇は、璃玖から見てどうなの?」
ぱちん。
ぱちん。
「あの人は戦略というものを考えておらず、直感で打っているので、安定した強さはないですね」
ぱちん。
ぱちん。
「ただ、だからこそ想定外の手が来ることはあります」
なんだか、風薇らしくて面白いな。
ぱちん。
ぱちん。
「そこ、二歩です」
「あ」
「見逃してあげましょう」
唯一取った歩を置いたんだけど、うっかりしてた。
じゃあ、ここ。
ぱちん。
ぱちん。
「ところで」
「はい、なんですか?」
ぱちん。
ぱちん。
「”負けず嫌い”って、どっちなのかよく分からなくない?」
「どういうことですか」
「負けるのが嫌いなのに、負けず嫌いって」
「興味ないですね」
ぱちん。
ぱちん。
「”食わず嫌い”もよく分からなくない?」
「興味ないですね」
ぱちん。
ぱちん。
いや、打ち返すの早すぎない?
もうちょっと考えてよ。
「あ、詰みですね。あと14手で王手です、璃玖が。」
「早すぎない?罪ですね」
サンドイッチもまだ食べ終わっていない。
「参りますか?」
”参りますか?”って言われることある?
「早く、参りましてください」
「今、参りまそうと思ってたの」
礼をして、参りましたした。
「たいして相手になりませんでしたね」
「考えごとしながら打ってたからさー」
どうせ真剣にやっても秒で負けると思うけど。
「今度、大会がありまして」
「私じゃまるで練習にならないじゃん」
「昼休みに付き合ってくれる部員がいないんですよ」
そういえば、1年の昼休みは、だいたい璃玖は風薇とやっていた。
教室で将棋を指すJKなんて、浮きまくりで仕方ない。
どうりで私の友達も少ないわけだ。
「部員って、いま何人?」
「私一人です」
「部員がそもそもいないんじゃん」
「…………部員はいませんが、相手はいます」
「誰?」
「先生方ですよ。部活時間中に結構来ます」
「へー。誰が強いの?」
「誰も強くないです」
「手厳しいな」
「あ、でもリンが」
「誰、それ」
「いえ、すみません。勘違いでした」
璃玖は、手にした飛車を見つめている。
裏は竜王。
「さて、そろそろ行きましょうか。ここは教室棟まで遠いですし」
ちょうど、サンドイッチも食べ終わった。
席を立つ。
「飛車は成っても、斜めに1マスずつ動けるようになるだけですし、王将は何にも成れません」
教室を出ながら、璃玖がそんなことを言う。
「けれど」
ドアに手をかける。
閉めにくそうだ。
「1歩ずつしか進めなかった駒は、成れば金と同じになるんですよ」
閉まった。
「たった9×9しかない世界で、そんなことが起こるなら」
璃玖は、ポケットから金将を取り出す。
いつも持ち歩いているのか?
「現実世界なんて、何になるか分からないですよね」
その駒の裏には何も書いてない。
「無だね」
「そうですか?」
璃玖の口角が少しだけ上がったように見えた。
「私には、未知に見えますが」
そう言って、私の手に、
未知を握らせた。