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100日後に散る百合 - 20日目


月曜の朝、

酷い頭痛で目が覚める。

なんだこれ。

確かに、そろそろ生理が来るとは思ってたけど、

いつもとなんだか違う。

まるで、私の脳内に直接、何かが…………

『あ、萌花さん、おはようございます』

「え、だ、誰!?」

『作者です』

「作者!?!?」

『ごめんね、脳内に直接で』

「もっとやり方あるでしょ!!」

『今日は連絡があって』

「無視しないで!!」


作者から言い渡されたのは、

諸事情により、一部キャラクターの名前が変更になったということ。

なんでだよ…………

だから大枠だけ決めて書き始めるなと、あれほど言っておいたのに。

読者の皆さんには、多大なるご迷惑をおかけします。

混乱もすることでしょう。

今一度、キャラクター紹介のページをご覧くださいね。


さて、

そんなこんなで始まった月曜日。

普通、月曜日の学校はなかなか気が進まないものだが、

今週からは、教室に立川咲季がいる。

嬉しい。

学校に行くのが楽しみなんて、初めてな気もする。

そういえば、作者から、

モノローグで立川のことを<咲季>と呼べとのお達しがあった。

まあ、確かに、

恥ずかしくてなかなか本人の前では言えない。

モノローグで慣れておくべきだと思う。


教室に着くと、

立川、もとい咲季は、まだ来ていなかった。

そういえば先週、

なんとなく小耳に挟んだが、

「立川咲季 不良説」なるものが流布しているらしい。

まあ、始業式終わって早々に不登校だもんなあ。

その前も、すぐ教室からいなくなっていたわけだし。

そういう憶測がたつのも無理はないかもしれない。

咲季が他の子と仲良くなるのは、私としてはちょっとモヤモヤするが、

咲季について、あらぬ噂が立てられるのは、私とて不本意ではない。

彼女が不良でないことくらいは、弁明したいとは思う。

まあ、クラスに居場所がない私には無理だけどね。


咲季が教室にやってきたのは、

ホームルームの始まる直前だった。

ただ朝が弱いだけなのかもしれないし、

入院のことで、職員室に寄っていたのかもしれない。

久々の咲季の登校に、少しクラスが騒めいていたが、

彼女は特に気にせず、席に着いた。

ポコンッ

ホームルーム中、咲季からLINEが来た。

意外と不良なのかもしれない。

『おはよう』

文面は、それだけだった。

それだけだけど、

少し嬉しくなってしまった私は、だいぶちょろいと思う。

スマホを机の下に持っていき、『おはよう』と返した。

咲季の席は、私より後ろにあるから、どんな表情をしているのかは知らない。

今日の1限は体育。

ホームルームが終わると、すぐに皆は更衣室に向かう。

咲季も早々に着替えに行ったみたいで、

教室に姿はなかった。

一緒に行きたかったのにな。


着替え終え、体育館に向かう。

ちなみに、私は見学だ。理由は分かれ。

今日もバレーボールをするみたい。

皆がネットの準備などをして、

ぬるいラジオ体操が終わったあたりで先生がやってきた。

一度立って、先生に見学の旨を伝えに行く。

咲季の体操服姿が間近で見れるチャンスだったので、目に焼き付けておいた。

そういえば、咲季はスポーツとか得意なんだろうか。

背も高いし、バレーボールじゃ重宝されそうだけど。


「めちゃくちゃ上手いじゃん…………」

ボケーっと咲季のことしか見ていなかったが、

上手いのは素人目でも分かる。

そもそも運動神経がいいんだろう。

体の使い方とか、視線の感じが、上手い人のそれだと思う。

今はチームを組んでゲームをやっている。

先生の指示でグループが組まされて、

咲季と同じチームになったクラスメイト達は、なんともいえない表情をしていたが、

咲季の運動センスとか、人の好さが分かったのだろう、

結構早い段階で打ち解けていた。

スパーンッ

何!?

破裂音がした。

「立川さん、すごーい!!」

「めっちゃ早くない今の!?」

「殺す気じゃんwww」

クラスメイトが拍手しながら、咲季を讃えている。

破裂音ではなく、ボールが叩きつけられた音だったみたい。

私は、咲季がアタックをしようとジャンプしたときに、ちらっと体操服の隙間から見えたお腹に興奮して、ボールの行方など見ていなかった。

咲季、かっこいいな…………

美しい顔。

しなやかな体躯。

ほとばしる汗。

そこから放たれる力強いアタック。

キラキラしてる。

キラキラして、輝いてる。

咲季の存在が、

私の中でどんどん大きくなる。

かっこいいな。

かっこいいな。

かっこいいな。

「金子さん!!危ない!!」

「へ?」

スパーンッ

痛い。


「また来たの?」

保健室の河瀬先生は、呆れた顔をしている。

「ボールがまた顔に当たったんですよ」

咲季のアタックを返そうと思った相手チームだが、

惜しくも手からはじかれ、私の顔に直撃した。

軽く頭がぐわんぐわんした。

「まあ、2限始まるまでならいいわよ」

えー、もうちょっと居させてよ。

開いてるベッドに横になる。

先生がカーテンを閉めた。

ガラガラ

「失礼します」

あれ?

聞いたことのある声。

「金子さんいますか?」

うわ、咲季だ。

咲季が来た。

「うん、そっちのベッド」

河瀬先生が返す。

「ありがとうございます」

「あなた、立川咲季さん?」

「はい、そうですけど………」

「大丈夫? 事故に遭ったって聞いたけど」

「ちょっと頭打ったくらいなので、大したことでは」

「そう。まあ、何かあったらいつでも頼って」

「はい、よろしくお願いします」

咲季が律儀に返す。

優等生感がすごい。

「あー、そうだ、立川さん」

「はい?」

「あなた、猫ちゃんに餌あげてるでしょ」

「ええっ!?ばれてました?」

「見えるのよ、ここから」

咲季は気まずそうに、あははーと誤魔化している。

「気持ちは分かるけど、猫ちゃんのためにも、ね?」

「はい、すみません…………」

「あと、それと」

河瀬先生は、咲季に何か言ったみたいだけど、

声を潜めているのか、私には聞こえなかった。

私には聞かれちゃまずいのか?

話が終わったのか、足音がこちらに向かってくる。

「萌花?いる?」

カーテンの向こうから、咲季の声がする。

「う、うん、いるよ」

なんだか、いけないことをしている感覚になる。

名前を呼ばれただけで嬉しい。

「本当!ごめん!!」

カーテンを開けるや否や、頭を下げてくる。

「ごめん!私のアタックが!」

「いやいや、大丈夫だよ、私があそこにいたのが悪いんだし」

「いやーでも、当てちゃったのは事実だし。本当に大丈夫?怪我とかしてない?」

「うん、してないから。気にしないで」

じゃあ、お詫びに何かしてもらおうかとか、

邪な考えがないわけじゃなかったけど。

それでも、咲季がこうして来てくれたことが、

なんだか”特別”という気がして。

「キッサに餌あげてるの、バレちゃってたみたい」

「うん、みたいだね」

「…………」

咲季が一瞬黙る。

私は「咲季?」と呼ぼうとしたけど、

恥ずかしくなってしまって、声が出ない。

咲季は、そのまま右手をゆっくりと、私の頬に添えて、

「お大事に」

と優しく言ってくれた。

なにこれ。

なにこれ、ときめく。

心がどんどん満たされていく音がする。

幸せが、体中に広がって、指の先までふわふわした感じになる。

「じゃあ、私、授業戻るね」

「うん、行ってらっしゃい」

自然、甘い声が出てしまう。

「行ってきます」

咲季はカーテンを閉めて、保健室から出ていった。

ていうか、何、今のやり取り!?

咲季と「行ってらっしゃい」と「行ってきます」と交わしてしまった!!

新婚夫婦みたいだった!!

ふふっ。

ふへへへへっへへへ。

ふははははははははははははは。

「金子さん、気持ち悪い声、出てるわよ」

「聞かないでください!」


教室に戻って、

2限、3限、4限と受けたが、

なんとなく、教室の空気が違う。

原因は、咲季だ。

クラスの皆は、立川咲季が不良どころか、

スポーツ万能の優等生だと気付いてしまったようで、

休み時間になるたびに、

咲季は誰かしらに話しかけられている。

「立川さん、転校生なんだね!どこから来たの?」とか、

「前の学校でスポーツとかやってたの?」とか、

「入院してたんだ、大丈夫?」とか、

あとは、メイクの話とか、美容院の話とか。

まだ私も知らないことだらけなのに。

でも、こういう時にあの輪の中に入っていけないのが私という人間なんだ。

もっと、

もっと知りたいよ、咲季のこと。

私しか知らない、何かが欲しい。

私だけが知っている、咲季の秘密が欲しい。

咲季が”私のもの”になれば、その秘密も全部手に入るのだろうか。

”私のもの”にする、とは?

うーん、と、考えているうちに、昼休みになってしまった。

咲季とお昼を食べれたら、と思っていたけど、

もう他のクラスメイトが誘っているようだった。

一瞬だけ、咲季と目が合って、

なんとなく申し訳なさそうな顔をしていたので、

私も仕方ないよ、と笑って見せた。

咲季も、私とお昼、一緒したかったのかな。

だとしたら、嬉しいな。

「萌花」

後ろから、機械みたいな声がする。

抑揚もなくて、温度もなくて、力のない声。

この声の主は、

「璃玖か…………」

「”璃玖か…………”とは、戴けませんね。こうして旧友が会いに来たのです。何かしら、喜びとか感動とか、そういう感情はないんですか」

「感情がないのは、あんたでしょ」

しゃべるロボットとか、しゃべる人工知能とか、そういう類の話し方をするのが、この出角璃玖だ。

この出角璃玖も、1年の頃の友達。今はクラスが違う。

残念なことに、監物風薇と出角璃玖、私の友達はこれしかいない。

これしかいないし、2人とも個性的で困る。

風薇はご存知の通り、あんな感じだし、

璃玖は口調に限らず、表情とか行動にもまるで感情が伴ってない。

周りから、アンドロイドと言われていたが、十分納得できる。

「それで、なんで私のところに?」

「風薇に言われました」

「風薇? なんで?」

「理由は言ってはならないと、言われました」

どういうこと?

なんで風薇が、私に璃玖を寄越すのか。

風薇は最近、お昼に来てくれなくなったけれど(私が来なくていいって言ったんだけど)、

それでも、私に構ってくれているということなのかな。

んー、分からん。

「お昼、食べます」

「ああ、うん」

璃玖は、手近な空いている席に腰掛ける。

私も、作ってきたお弁当を広げた。

昨日の夕飯の筑前煮が、おかずのほとんどを占めている。

JKっぽくないけど、好きだからいいの。

璃玖は、1年の時と変わらず、青汁とこんにゃく。

健康には良さそうだけど、バランス的に心配だ。ヴィーガンなんだろうか。

「……………………」

「……………………」

無言の時間が続く。

璃玖は基本的にしゃべらないし、

私も話題がなければ、話を切り出すことはない。

しかし、

黙々と食べていたら、

珍しく、璃玖が口を開いた。

「あれが、立川咲季ですか」

咲季の方を見ながら言う。

「確かに、整った造形をしていますね」

璃玖にも、美しさを評定するプログラムは備わっているようだ。

「身長は、そうですね、163.8cm(±0.3)といったところでしょうか。148.7cmの璃玖の約1.10倍ですね」

璃玖は理系だ。

まあ、理系だからと言って、璃玖のこの特殊能力は関係ないと思うけど。

ちなみに、私と風薇は文系。

2年になると授業の関係上、理系の璃玖とクラスが分かれることは確定していた。

ていうか、咲季は164cmあんのかー。

高いなー。

「さて、私は帰ります」

璃玖が席を立つ。

「え、もう?」

「昼食は終えましたので」

「何かしに来たんじゃないの?」

「昼食を取りに来ただけです」

「はあ…………」

分からん。

風薇が考えていることもよく分からないし、

璃玖に関しては、出会った時からよく分からない。

「あの、璃玖」

「なんですか」

「私にお昼食べる相手ができたら、璃玖はどうするの?」

「できるんですか、そんな相手」

「で、できるよ!」

「では、その時の対応については、風薇に問い合わせます」

そのまま、璃玖は教室を出た。

ウィーン、ウィーンとアテレコをして見送る。

5限の課題をやっていなかったことを思い出して、

机にノートを広げる。

先週もそうだったな。

咲季の方を見遣ると、何人かのクラスメートと談笑していた。

持ち前の笑顔を振りまいている。

放課後の話をしているようで、

今日は、あの連中とどこかに行くんだろうな。

あー。

なんか、せっかく仲良くなったのに、

遠くに離れていく気がする。

風薇も、璃玖もよく分からないし。

あー。

…………課題、やんなきゃ。



#100日後に散る百合

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