親友とのはじめてのランチで「なんで生きてる?」って質問をされて
改めて考えたこともなかった。
生きてる理由なんて。
確か2021年5月のこと
(わたしがまだ2社目の会社で働いていたとき)
今では親友になったあの子(入社してから物凄いスピードで仲良くなったリアルチング)にランチの帰り道で聞かれた
生きてる理由を考えながら生きてるひとって
いったいどれほどいるんだろう
(その親友はランチ行くひと行くひとに生きてる理由を聞いてまわってた😂そういうところもスキ。ちょっと意味わかんないでしょ?w)
そのときのわたしはね
「生んでもらったから」
そう答えたの
生きてる理由なんて改めて考えたこともなかったけど(このとき既に躁うつ病の診断を受けていて心療内科に通院して薬服用したりしていたからそれなりに苦しく毎日を生きていたんだけどね)
そのときのわたしの
生きてる理由はたしかに
「生んでもらったから」だった
わが家の家族は本当に仲が良くて
わたしがわたしでよかったって
自慢できることのひとつに家族がいます
時に厳しく、でも愛情たっっっぷりに
これまで育ててくれた両親に生んでよかった
そう思ってもらえるよう毎日生きたい
そう思ったの
躁うつ病の鬱モードだったとき
もう消えてしまいたい
そう思ってしまったことがあった。
あったというより毎日思っていた。
実家に帰省したとき
泣いてる姿を滅多に見たことがないお母さんが
「かわいそう。なんであんたがこんな目に。」
って泣いたのを見たとき申し訳なかった。
2社目に転職するって決めたとき
最初は反対していたお母さんが
「あんたがしあわせでいてくれたらそれでいいよ」
って言ってくれたのを思い出して隠れて泣いた。
ごめんね。しあわせじゃなくて。
ごめんね。泣かせてしまって。
それから
前のnoteで書いたみたいにちょっとずつ
前に進めるようになったからいまでは
毎日元気に過ごせています。
(今度は難病になってはしまったけど😂)
じゃあ2021年5月から1年半が経った今
2022年11月のわたしは
「なんで生きてる?」かな...
いまのわたしはね
生んでもらったから も
もちろんそのまま理由として残っているけど
それだけではなく
今のわたしをつくってくれた
愛おしい人たちとの出会いや経験、
痛みも丸ごと抱えて恩返ししていきたい
与えてもらったものを
わたしもわたしが与えられる範囲で
お返ししていきたい
そしてやっぱり
生んでよかった
貴方と出会えてよかった
って思ってもらいたい
このnoteを読んでくださっている
貴方とも出会えてよかったです
だからわたしは今日も生きています
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