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「キ」ムチ

 朝起きるとキムチになっていた。正確にはススム君のお父さんがパッケージの「ご飯がススム辛口キムチ」へと姿を変えていた。中の赤い白菜が美味そうに見える。
 「やれやれ」僕は鏡を見て呆れた。「キムチになるとはね」
 僕は朝のルーティーンとして洗面台に向かい、髭を剃ろうとした。でもよく考えたら肌がプラスチックなのでシェービングなんてできるわけがないのだ。そういえば、と思って歯を磨こうともしたが、口らしいところがないのでできなかった。ちょっと恥ずかしくなって、リビングへと向かった。
 独り暮らしだから当然リビングには誰も居なく、閑散としていた。その静けさが気持ち悪く、僕はいつもソファに腰かけるとすかさずテレビを点ける。今日はキムチだが、流れるようにテレビを点けて、DIPを観ることにした。腹は減ってなかった。
 DIPには昨日に続いて、森口メンバーが両目に眼帯を付け、全身緑色で出演していた。唐突に、
「けがをしました、ご心配をおかけします」と一言だけ述べて、何事も無かったかのようにDIPのコメンテーターをしはじめたのにはびっくりした。でも絵面が面白いし、何故か心眼を会得したらしく、いきなり披露した占いは百発百中、それ故に昨日から急遽、占いコーナーも受け持つようになったのだ。
 自分がキムチになっても動揺していないのは、森口メンバーのお陰でもある。
 「12位は、残念!みずがめ座のあなた~何も上手くいかないです!」と快活に言う森口メンバー。彼の目つきはそこから窺い知れないが、なんだか楽しそうだ。彼は続けて言う。「1月25日生まれの方は明日キムチになります」
 僕は耳を疑った。この僕がキムチに?嘘だろ、これからどうしよう。
 しかし、よく考えたら多部未華子も巻上公一もキムチになるから、まあ別にキムチになるのも面白いかもなと思い、じっと明日を待つことにした。今後についてはキムチになってから考えればよい。僕はいつも余裕があるのだ。
 そして今日、僕は「ご飯がススム辛口キムチ」になりながら、DIPを観ている。相変わらず愛嬌のある顔で、淡々とコメントを残している。今日は丸の内のレストラン特集で、メレンゲと白身だけで料理を作るシェフがスタジオに出て、森口メンバーや水テちゃんとやり取りしている。その瞬間、僕は幸せな気分になる。
 僕が冷蔵庫からゴディバのチョコを取り出して食べようとしたとき、占いコーナーが始まった。
「起きるの遅かったかな」そう思って僕は、テレビの画面をじっと見つめた。
 クロマキーに同化した森口メンバーが、
「さあて始まりました、第二回!今日のあなたの運勢はどうかな~?」と昨日と同様に朗らかと喋っている。僕の今後がかかっているから軽視はできず、少し胸を躍らせる。
「12位はみずがめ座のあなた!」デレレレレ~ン!というザ・残念!という感じのSEが「あなた!」のすぐ後で流れた。「多分家が燃えます!」
 「やれやれ」僕は其れに応えるように悲しげに言った。「最下位か」
 まあこれも運命さ、仕方ない。昨日の諦念のようなものが去来した。別に決まったものは仕方ない。なってから考えればよいさ……それにしても火事か、どうしたものやら。いや別に何ともならないか。自分はしがない「ご飯がススム辛口キムチ」だ。家が在っても無くても僕はただのキムチ、存在意義なんて食われること以外ないのさ。
 すると森口メンバーは僕の思弁に応えるように、「ラッキーアイテムはゴディバのチョコ!これを食べたら運勢一気によくなります!」と続け、11位を発表し始めた。
 「なるほど、ゴディバのチョコね」僕は手元に置いてあるゴディバのチョコを見つめた。一昨日彼女からもらったもの。そういや彼女に自分がキムチになったこと教えてないな。これ見たら幻滅するのだろうか。それでも一緒にいてくれるのだろうか。二つの可能性を思ううちに僕はなんだか今の自分が哀れなような気がしてきた。僕の中の白菜が揺らぐ。このままでは良いのだろうか、という不安。なってから考えればよいと思ったけど、もう手遅れなのではないか。今まであった余裕は立ち消え、既に絶望の闇が立ち込めている。そう思うと苦しくなった。泣きそうになった。
 もう占いは終り、次の番組に移ろうとしていた。もう時間がない。DIPが終わったら取り返しがつかないような気がする。決意を固めなければならない。僕はそのゴディバの包装を破き、口に入れようとした。
 「そういや、口ねえわ」
 僕の家は全焼し、路頭に迷った僕はホームレスに食われて死んだ。


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