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国連・子どもの権利委員会によるイスラエルの報告書審査と同国への勧告(1)

 国連・子どもの権利委員会は、9月3日~4日にかけてイスラエルの第5回・第6回統合定期報告書を審査し、第97会期最終日の9月13日、同国への多数の勧告を含む総括所見(CRC/C/ISR/CO/5-6)を採択しました(9月19日公表)。


審査の様子

 審査の様子はFacebookで簡単に紹介したので、採録しておきます。

- Experts of the Committee on the Rights of the Child Acknowledge Israel’s Efforts for Internally Displaced Children since 7 October, Ask about Mental Health Treatment for Children Traumatised by the War and the Protection of Children in Gaza
(子どもの権利委員会の専門家、国内避難民となった子どものためにイスラエルが10・7以降に行なってきた努力を認知するとともに、戦争によりトラウマを負った子どものための精神保健治療やガザの子どもたちの保護について質問))
https://www.ohchr.org/en/news/2024/09/examen-disrael-au-crc-la-situation-des-minorites-non-juives-notamment-celle-des
.
- Examen d’Israël au CRC : la situation des minorités non juives, notamment celle des Bédouins, et l’impact sur les enfants des massacres du 7 octobre et de la guerre à Gaza qui a suivi sont au cœur du dialogue
(CRCにおけるイスラエルの審査:非ユダヤ人マイノリティ(とくにベドウィン)の状況や、10・7虐殺およびガザにおけるその後の戦争が子どもたちに及ぼす影響が対話の中心テーマに)
https://www.ohchr.org/fr/news/2024/09/examen-disrael-au-crc-la-situation-des-minorites-non-juives-notamment-celle-des

 国連・子どもの権利委員会によるイスラエルの第5回・第6回統合定期報告書の審査(9月3日~4日)が終了しました。概要は上記の――通常よりもやや詳細な――リリースにまとめられています。また、審査の様子は次のアーカイブ動画でも確認できます。
https://webtv.un.org/en/asset/k1s/k1s1kifvvj
https://webtv.un.org/en/asset/k1t/k1t43ty53m

 イスラエル政府代表団は、冒頭発言の際、「子どもの権利条約はイスラエルの国家領域を超えて適用されるものではなく、ガザおよび西岸地区で適用されるのは武力紛争法のみである」(要旨)として、委員会がパレスチナの子どもたちに対する人権侵害の問題を取り上げらることを牽制しましたが、もちろん委員会がこのような主張を受け入れるはずがなく、ガザを中心とするパレスチナの子どもたちの状況についても多くの質問が出されていました(ただし、イスラエル政府はこれらの質問には答えなかったようです)。

 審査の締めくくりにあたり、イスラエル担当国別タスクフォースのコーディネーターを務めたブラギ・グルブランソン(Bragi Gudbrandsson)委員は政府代表団のこのような対応に失望感を表明し、終戦と(イスラエルおよびハマス双方による)人質返還を求めました。

 アン・スケルトン委員長も、
「イスラエルの子どもたち、そしてガザと西岸の子どもたちは、筆舌に尽くしがたい恐怖に苦しんでいます」
 と繰り返し、「愛」(love)という言葉が用いられている人権条約は子どもの権利条約(前文)だけだと指摘して、
「戦争を終わらせることこそ、……条約の約束を履行する唯一の方法です」
 と強調しています。スケルトン委員長の最終発言はX(旧Twitter)でも切り抜き動画の形で取り上げられているので、ご参照ください(切り抜き動画には含まれていませんが、政府代表が冒頭発言でヤヌシュ・コルチャックに言及したこと、今年がジュネーブ子どもの権利宣言採択100周年であることにも触れていました)。

 イスラエルに関する総括所見は、会期最終日の9月13日(金)に採択され、翌週中頃には公表される予定です。勧告内容が明らかになれば、別途取り上げます。今回の審査に関わる関連資料(政府代表団主席の冒頭発言 Statement を含む)および過去の総括所見の日本語訳については、先日の投稿に掲載したリンクを参照。

 審査に参加した女性の訴えを取り上げた記事も出たので、上記Facebookポストのコメント欄で触れておきました。

AFP:「私たちを責めないで」 越境攻撃の生存者、国連に訴え
https://www.afpbb.com/articles/-/3537369

 この記事で取り上げられているサビーネ・タアサさんは、イスラエル司法省の一員として政府代表団に参加していた方です。私もリアルタイムで視聴していましたが、委員も感銘を受けていました。ただ、イスラエルによるパレスチナの子どもたちの人権侵害がこうした事情によって免責されることはなく、総括所見でも厳しい指摘が行なわれることになるでしょう。

 サビーネ・タアサさんによる発言は、こちらのアーカイブ動画から確認できます(2時間2分ごろから)。
https://webtv.un.org/en/asset/k1s/k1s1kifvvj

委員会による勧告の概要

 冒頭で述べたとおり、審査を踏まえた総括所見は9月13日に採択され、19日に第97会期のページで公開されました(他の国に関する総括所見は先行未編集版 advance unedited version として公開されているのに対し、イスラエルに関する総括所見には「先行未編集版」の表示がありません)。全22ページで、最近の総括所見としては長文かつ詳細なものになっています。

 イスラエルに対する委員会の勧告についてはいくつか日本語の記事も出ています。総括所見の発表にあたって開かれた記者会見で、イスラエル担当国別タスクフォースのコーディネーターを務めたブラギ・グルブランソン委員(副委員長)は、
「子どもたちの非道な死は歴史上ほとんど類を見ない極めて暗い出来事だ。ガザで今起きているような、これほど重大な違反行為は見たことがない」
 と述べたそうです。

1)ロイター:イスラエル、子どもの権利条約に「重大違反」 国連委員会が非難
https://jp.reuters.com/economy/OYN6OWTEQ5NFVASNROLN7T745U-2024-09-20/

2)Arab News(ロイター):イスラエルはガザ地区で国際的な児童の権利条約に違反したと国連委員会が指摘
https://www.arabnews.jp/article/middle-east/article_129528/

 OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)のプレスリリースで委員会の総括所見のハイライトがまとめられているので、訳出しておきます。

イスラエル
 委員会は、子ども・若者の権利の調整に関する政府部局の設置、および、10・7攻撃後に避難を余儀なくされた多数の子どもたちを支援するためにとられた措置を歓迎する。しかしながら委員会は、当該攻撃および継続中の武力紛争が子どものメンタルヘルスとウェルビーイングに及ぼしている悪影響や、メンタルヘルスサービスを求める人々の待機期間が長いことについて懸念を表明するものである。委員会は、締約国〔イスラエル〕が、子どもに配慮しかつトラウマに焦点を当てたメンタルヘルスサービスのアクセス可能性および範囲を強化するとともに、待期期間の長さに緊急に対処することを勧告する。

 委員会は、締約国による無差別的で不均衡な攻撃の結果、ガザの多数の子どもたちが殺害され、障害を負わされ、負傷し、行方不明となり、避難を余儀なくされ、親を失い、かつ飢餓、栄養不良および疾病にさらされていることを、おおいに懸念する。委員会は、締約国に対し、ガザにいるパレスチナ人の子どもの殺傷を即時停止し、ガザ地区へのおよびガザ地区内での安全かつ無制限の人道アクセスを確保し、かつ、パレスチナ人家族が自宅および民生・公共インフラを再建するために必要なあらゆる建築資材の搬入を認めるよう、促す。

 委員会は、イスラエル軍による多数のパレスチナ人の子どもの拉致、恣意的逮捕および長期拘禁が、ほとんどの場合に被疑事実がなく、裁判も開かれず、または弁護士代理人にアクセスしたり家族構成員と連絡をとったりすることもできないまま続けられていることを、深く懸念する。委員会は、締約国に対し、子どもの恣意的拘禁および行政拘禁を直ちに止め、恣意的に拘禁されたパレスチナ人の子ども全員を釈放し、かつ、制度化された拘禁システムと、司法手続のあらゆる段階におけるこれらの子どもへの拷問および不当な取扱いの使用を廃止するよう、促す。

パレスチナにおけるイスラエルの条約遵守義務

 もう少し詳しく総括所見の内容を見ておきます(以下、総括所見に付されている脚注は省略)。

 審査の際、イスラエル政府代表団が「子どもの権利条約はイスラエルの国家領域を超えて適用されるものではなく、ガザおよび西岸地区で適用されるのは武力紛争法のみである」という趣旨のことを述べ、パレスチナには条約が適用されないと主張していたことについては前掲Facebookポストで触れましたが、このような姿勢について、委員会は総括所見の冒頭(パラ3)で次のように遺憾の意を表明しました。

3.……委員会は、締約国が、条約は「国の国家領域を超えて……適用されるものではなく」、「武力紛争の状況における適用を意図したものではない」のであって、ガザ地区および西岸で適用される、関連性のある特定の法典は国際人道法であるという同国の立場に基づき、パレスチナ被占領地域(OPT)における自国の条約上の法的義務を繰り返し否定したことを、深く遺憾とする。委員会はまた、そのような立場のため、OPTに住んでいる子どもの状況に関して限られた情報しか受け取れなかったことも、遺憾とするものである。委員会は、締約国が条約の適用を否定するからといって、締約国による国際人権法・人道法の重大かつ持続的な(grave and persistent)違反を正当化することはできないという見解に立つ。これとの関連で、委員会は、OPT(東エルサレムを含む)におけるイスラエルの政策および実行から生ずる法的帰結についての2024年7月19日の勧告的意見(AQ)を含む、国際司法裁判所(ICJ)の先例を想起するものである。当該勧告的意見では、「国際人権法は、『自国の領域外』、とくに被占領地域における『管轄権の行使の際に国家が行なった行為に関して』適用される」こと、人権条約が保障する保護は武力紛争または占領の場合にも停止されないこと、および、締約国〔イスラエル〕は、OPTに関わる行動との関連で、自国が当事国である国際人権条約に依然として拘束されることが述べられている。委員会は、ICJと同様の立場をとり、条約はすべての子どもに対して常に適用されるのであり、締約国が実効支配しているすべての領域で直接適用されることをあらためて指摘するとともに、締約国に対し、条約およびOPTの子どもに関わる国際人道法の双方に基づく自国の法的義務を想起するよう、求める。

 このような認識に基づき、委員会は、条約の法的地位(Legal status of the Convention)との関連で、イスラエルに対し、「OPT――東エルサレムを含む西岸およびガザ地区――における条約の全面的適用を確保し、かつ、その管轄下および実行支配下にあるすべての子どもが条約に掲げられた権利を全面的に享受できることを確保する」よう促しています(パラ7)。

 委員会によるこのような認識のもと、総括所見の各分野でパレスチナの子どもについて言及されていますが、とりわけ「特別な保護」の章で、4ページ強という異例の分量を割いて詳細な指摘が行なわれています(パラ50~55)。次の投稿でその概要を紹介します(追記:少々時間が空きましたが、紹介しました)。

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平野裕二
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